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2020年7月6日月曜日

読書 「パンデミックとたたかう」

評価:★★★★★
著者:押谷仁、瀬名秀明(インタビュー形式)
出版:岩波新書

2009年の新型インフルエンザによるパンデミックへの対応についての本だが、今回の新型コロナと置き換えても、全く違和感はない。
最近のNHKスペシャルや、新型コロナウイルス感染症対策専門家会議のメンバーとして脚光を浴びている押谷仁東北大教授に、瀬名秀明がヒアリングする対談形式で、非常に読みやすい。

押谷教授は、中学生の頃から、途上国で何か仕事をしたい、フィールドに出て研究をしたいという事で、感染症の世界に入ったということからして、頭が下がります。
アフリカのザンビアやフィリピン等海外での感染症の経験も豊富で、日本にこういう人がいたのかと驚くばかりです。

専門の公衆衛生学というのは、人間の集団として何がベストかという考え方をして、個々の視点も必要だが、同時に社会全体として、いま何を優先して考えるかという視点が求められるので、この点が目の前の患者を救うという医学教育を受けてきた人には馴染めない分野だという。(下記の「トリアージ」を参照して下さい)

インフルエンザのパンデミックは完全には抑えられないという基本的な前提があるという。ある程度の被害は避けられないので、対策としてはいろんな方策を組み合わせて、以下の3つの方向に持っていくしかないそうだ。
1. 流行のピークを遅らせて、ワクチンや治療薬の生産のための時間稼ぎをする。
2. 流行の規模を小さくして、医療崩壊や社会破綻を防ぐ。
3. なだらかなピークにして、医療崩壊や社会破綻を防ぐ。

今回の新型コロナの対策についても同じだろうと思う。
また、ウイルスの感染が広がりやすいのは先進国だと、今回の新型コロナの感染状況を既に見通している。

押谷教授はさらにこのように言う。
「感染症のパンデミックが起こった時に、日本の社会は被害に対する許容力が非常に小さい。対応に当たる人たちは、そういう社会の中で本当の意味でのトリアージをしていかなくてはいけない。トリアージの本来の意味は、災害などの緊急時に助かる人と助からない人とを即座に見分けて、助かる人を優先して、助からない人はあとまわしにするという対応です。
人工呼吸器やワクチンが足りないとか、現場ではそういう切迫した問題が起きてきます。そのときは個でなく全体を見て決断しなくてはいけない。
医療は一人ひとりの患者に最善を尽くすことが基本ですが、それをある程度あきらめなくてはいけない。日本のような(被害に対する許容力の小さい)社会でそれを実行するのは、非常に大変だと思います。
また時代の風潮としても、社会を守るという考え方よりも、個人を守るという考え方になってきているので、公衆衛生という考え方とどんどん乖離していくような気がしています」
押谷教授が心配するように、仮に今回の新型コロナで医療崩壊を起こし、集中治療室の使用などでトリアージを実施したなら、マスコミやネットで日本中が気が狂ったような騒ぎになっていたかも知れない。

少し脇道の話にそれるが、コウモリの話は、非常に興味を覚えた。
ウイルスとはもともと動物のもので人間には適応していないので、人間に感染すると非常に悪さをする。新興感染症で、人間に対して病原性の高いウイルスのほとんどが、元をたどるとコウモリのウイルスだということが分かってきているという。エボラもSARSも狂犬病もコウモリ由来だそうだ。狂犬病のウイルスに感染するほぼ100%死ぬが唯一の例外がコウモリで、コウモリには何か特別な免疫機能があるという。
今回の新型コロナもコウモリ由来と言われているので、なるほどと納得をした。

日本にも押谷教授のような信頼するにたる人が「専門家会議のメンバー」にいることが嬉しくなった。

この本の冒頭にインタビューアーの瀬名秀明が書いている意味が全体を読んで分かった。「本書のタイトルは『パンデミックとたたかう』である。しかし実際のところ、私たちはパンデミックとたたかっているのではない。本当はこの現代社会とたたかっているのだ」

この本の内容は、簡単には纏められませんが、是非お薦めの一冊であると、自信を持って言えます。

2020年6月26日金曜日

読書「京都、パリ ―この美しくもイケズな街」


京都、パリ ―この美しくもイケズな街

評価:★★★☆☆
著者:鹿島茂・井上章一
出版:プレジデント社

内容は、
第1章:京都人とパリジャン気質
第2章:京都の花街、パリのキャバレーや娼館
第3章:京女、パリジェンヌ
第4章:京都とパリの魅力、都市史
第5章:京都とパリの食事情

という次第ですが、この二人は以前に「ぼくたち、Hを研究しています」などというふざけた対談集を出していることからして、話がそちらに傾きがちになる。
特に鹿島茂はすぐに話を下ネタ話に持っていこうとする。
井上章一も「パンツが見えるー羞恥心の現代史」とかの著書もあり、その道の風俗研究家(専門は建築史・意匠論)ではあるが、鹿島茂の前にはタジタジという感じ。
男女の恋愛が中心となるフランス文学を研究する学者とはかくなるものかと再認識しました。
そんな訳で、第2章の「京都の花街、パリのキャバレーや娼館」で最高に盛り上がる。
兎に角、二人とも博覧強記というか、よくもまあこんな事まで知っているなあと驚くばかり。

誰にでも薦める本ではないと思うが、二人の事をよくご存じの読者で、知識の深掘りに興味のある方は、面白い一冊だと思います。


2020年6月11日木曜日

読書「日本の醜さについて」井上章一


    日本の醜さについてー都市とエゴイズム

評価:★★★★☆
著者:井上章一
出版:幻冬舎新書

全く纏めにくい本である。
この本に限らずこの著者の本は全てそうなのであるが・・・結論だけを纏めるのは簡単だが、著者はいろんな面白い例を繰り出して煙に巻く、その面白さを伝えるのが大変難しい。

著者は、冒頭で「これから世間の常套的な物の見方にはむかう」と、見得をきる。
「いわく、日本人には強い自我がない。欧米人とくらべれば、自己主張は苦手である・・(略)・・逆に全体の気配を察して、自分の立ち位置を探ろうとする・・社会科学めかしてあらわせば、集団主義的な性質を日本人はおびている。逆に、欧米人は個人主義的であるという」
この定説を都市景観という視点から突き崩していこうと試みているのが本書である。但しどこまでが読者に受け入れられるかは???である。

欧州と日本の都市景観の比較
・フィレンツェと京都、ヴェネツィアと大阪、ローマと東京等ヨーロッパの街並みと日本の都市景観の比較。我が国が誇る古都京都でさえ、都市景観という視点で見れば、落第であることがよくわかる。
・ドイツ軍に破壊しつくされたワルシャワの街を、ポーランドでは1760年代の景観に復元したという話。
・第二次大戦で、イタリアはローマが空爆を受けた翌日には、ローマの遺跡を守るために休戦を宣言している。日本では初めての空爆後3年4ケ月も抵抗をし続けた。イタリアが休戦を公表したあとに日本の大本営はこの国を口汚くあざけった。そう叫んだ大本営に、ローマの歴史遺産への想いをはせた者は、絶無であったろうと・・・我が国の文化的貧困を著者は嘆く。
・また第二次大戦のパリの解放しかり・・・ここで私はノンフィクション小説(映画にもなった)「パリは燃えているか」を思い出した。ヒトラーのパリ爆破命令に背いて、連合軍に無条件降伏をしてパリの街を守ったドイツの将軍がいた。

話が変わって、現代の日本の建築行政は、安全面の配慮に神経をとがらす、火災の避難準備、建築資材の確認、風圧への備え、地震対策等々、だが、意匠面の要請は殆どない。街並みとの調和を求められるケースはまれである。

表現の自由の頂点へ・・・大阪・道頓堀
その結果、勝手気儘な色や形のビルがならび、ふぞいな街並みが出来上がる。そんな日本的傾向は、大阪の道頓堀あたり(手足が動く大きなカニや吊るされた大きなフグやグリコのネオン等のバラバラで猥雑な街並み)で頂点に達する。「欧州の建築家には、皮肉も込めてのことだろうか、こう感嘆するものもいる。ヨーロッパではありえない表現の自由が、ここにはある・・(略)・・あの景観を、大阪が生み出した風変りなそれとして、受け止めるべきではない。あそこには、日本の近代の姿が、集約的に投影されている」
大阪道頓堀の街並み
かくて著者は「建築が『利益のためだけにつくられる』。ヨーロッパではありえない自由を、日本は勝ちとった・・・近代の日本はブルジョア革命をなしとげたのだ」とうそぶく。

都市景観については、私は素人だが、そのような概念そのものがなかった日本とヨーロッパを比較するのは、そもそも無理な気がする。
特に日本は木造建築主体で、台風・地震・火事にもてあそばれて、大陸の頑丈な岩盤の上に作られた石造りのヨーロッパの建築とは比較しようがないと思うが、それを真面目に反論しても、この著者の場合意味がないように思う。

著者は、従来思いつかなかったような例を並べ立てて、世の中の定説、つまり既存の考えを引っ掻き回すことに、喜びを感じているのかもしれない。

つくづく食えないオヤジだと思うが、視点を変えて、このような見方もあるなと、面白がって読むと、読書の楽しみ方に幅が出来ると思うのですが、如何でしょうか?

2020年5月30日土曜日

読書 「京都まみれ」井上章一


 「京都まみれ」

評価:★★★★★
著者:井上章一
出版:朝日新書

著者は、ご存知の方が多いと思いますが、簡単に説明しますと、あの人気歴史学者の磯田道史氏の所属する「国際日本文化センター」の教授で、昨年より所長も務めている偉い人です。建築史や意匠論の専門家であるが、何故か関西の風俗研究者に変貌しつつあります。
新書大賞の大ベストセラー「京都ぎらい」のあと、2匹目のドジョウを狙って「京都ぎらい官能編」「京女の嘘」等が出版されているが、いずれも不発で、今作品が実質的に「続・京都ぎらい」と、言えそうです。

著者は、「京都人」=「洛中の人」としているが、この本では、さらに「洛中の人」の定義を「祇園祭」を催すことが出来る人々(八坂神社の氏子)と捉えている。
京都人ではない私には、何故「洛中=祇園祭」なのか分からなかったが、京都の三大祭を下記のように整理するとなるほどと理解できた。(間違いであればご指摘下さい)

・「時代祭」:平安神宮の祭りなので、明治以降に始まり、他の祭りは平安時代から始まっているのに比して歴史が浅すぎる。
・「葵祭」:平安時代には「祭」といえば「葵祭」と言われていたそうだが、この祭は貴族の祭りで庶民とは縁遠い。
・「祇園祭」:庶民の祭りでしかも期間が1ケ月にも及び動員数や、祭りに掛ける労力はけた違いである。「祇園祭」が実質的に京都を代表する祭りと言っても良さそうだ。

ここでまた、よそ者の私には混乱が起きてしまう。
京都以外の人間が京都に憧れ、京都を感じるのは、所謂観光スポットなのであるが、寺社では、「京都ぎらい」で述べられていた「石、苔、金」(龍安寺・西芳寺・金閣寺)であり、他に清水寺、銀閣寺、南禅寺、伏見稲荷、貴船神社、三千院、平等院等であり、風情のある場所としては、嵯峨野、嵐山、祇園、産寧坂等々と、洛中と言われる地域ではなく、その外側の所謂洛外に位置している・・・この違いはなにか???

これに関しては、別の本を読んでいて、「洛中」と「我々が感じる京都」との違いが分かった。その本の詳細はここでは避けるが、都が京都に遷都した時の「平安京」と今の「京都」は、全くの別物であるという事を書いた本である。

当時、新しく作られた平安京の中にあった寺社は「東寺」と今は廃れた「西寺」のみが特例として作られたが、基本的には洛中に寺の建設は禁止されていた。
現在洛中にある寺社は、殆どが江戸時代以降に作られている。
また、当時この新しい都の建設計画を作ってみたものの、現在の右京にあたる地域は湿地帯で、南部も低地で水害などが多く、人は殆ど住み着かなかった。
実際に人々が居を構えたのは、現在の左京の北、つまり理論上の平安京の東半分のしかもその北半分であった。教科書に載っている「平安京」は歴史上実在していなくて、桓武天皇の妄想に過ぎなかったようだ。
その後の平安京がどのようにして(現在の)京都に変貌していったかは、ここでは省く。
この歴史が分かって初めて、著者が言う洛中の範囲の歴史的成り立ちが分かる。

できうれば、著者の井上先生に上記のことを書いて欲しかった。

話を戻します。著者が、かつての上司で洛中に住む杉本秀太郎と話した時に、杉本は「(洛中は)北と南で言うたら御池通から五条通までは洛中に入れてもええやろ」
別の室町に住む祇園祭とかかわる旦那のS氏は、「杉本さん、そんなふうに言わはったん? ちょと了見が狭いんちゃうか。丸太町通までは洛中と言うてええんやないか・・・それでもな、丸太町通より北側を京都やと思うたことはあらへん。あっちは、もうべつの町や」
著者は「杉本もS氏も、京都御所のある場所は、洛中に入らない。かつて天皇や公家たちが暮らしていた宮廷は洛外にある・・・祇園祭の旦那たちは、事実上そう決めつけている」という。
このようなことから話はまた別の展開をするのだが、ここでは著者は京都の洛中の人々の選民意識はここまで排他的だと言いたかったようだ。
またそういう選民意識になった歴史的背景・環境まで深く掘り下げて、応仁の乱のアナーキーな時代に上京と下京の街が自分たちの自治権を獲得したことが、豊織時代~江戸時代を経ても街の深層としてあり、現在まで続いていると分析している。
最後はやはり学者らしく締めくくっている。

これ以外にも京都弁(洛中の人にとっては標準語)のやり取りが入り混じり、京都以外の人々にとっては、京都のことを多少知っていないと理解しにくい話が、わんさかとあるが、関西出身(と言っても私の場合は、著者のいう都から外れた畿外であるが)の私にとっては、面白いネタの詰まった本に仕上がっている。

最後まで読んで、この著者は本当に「京都ぎらい」なのか・・・???
ここまで執拗に京都(人)のことを掘り下げて批判し、揶揄しているのは、実際は、「京都大好き人間」であるが、旧洛中の人からは京都人の仲間に入れてもらえない。
その反動の屈折した気持ちを、ねじくれた表現としてうっぷんを晴らしているのではないかとも思える。
著者に関しては、へそ曲がりの一筋縄ではいかない老獪なジジイで、お友達にはなりたいとは思わないが・・・内容的には、なかなか面白く仕上がっている。
京都を深く知りたいと思う人は、(条件付きで)是非一読をお勧めします。・・・条件とは、活字の京都弁に抵抗があったり、ある程度の京都の地理、歴史、その他のイメージが分からないと、面白さは半減します。

2020年5月17日日曜日

街道を撮りにゆく シリーズ5 「北海道編・オホーツク海」

     オホーツクの激変する朝焼け


利尻・礼文を後にして、船は夜の間にオホーツク海へ。
このオホーツク海で、これまで見たこともないような見事な朝焼けに遭遇しました。
今回は写真をを中心に、纏めて見ましたのでご覧下さい。

マストの上には、「下弦の月」

午前4時21分 右上には「明けの明星」が見える

 夜から朝へと時間が切り変わって行く

 下中央に突起しているのはクナシリ島の「ルルイ岳」
下右端はクナシリ島最高峰の爺々岳(チャチャダケ)

見事な朝焼けが広がった

国後島上空が炎上 下中央は爺々岳(チャチャダケ)
(この写真はシリーズ2で使用したものに雲の動きを加えました。
雲が動いてない場合は、写真の上でカーソルをクリックして下さい)

朝焼けのドラマも終焉へ

船の前方に知床岬が迫ってきた。左が羅臼へ、右が斜里へ

            船の後方は、何もなかったような穏やかなオホーツク海に戻っていました

2020年5月13日水曜日

読書「旅のつばくろ」沢木耕太郎

       「旅のつばくろ」

評価:★★★★☆
著者:沢木耕太郎
出版:新潮社

沢木耕太郎の本は、常々読んでみたいと思っていたが、これまでに読んだのは「凍」の一冊のみ。でも本棚には、「深夜特急1」「旅する力」「テロルの決算」「危機の宰相」「檀」「キャパの十字架」が並んでいる。

私には、良い本を見つけた時に、今買っておかないと、生涯この本と再び出合う機会がないのではと思ってしまう強迫観念にいつも襲われ、ついつい本を買ってしまう。
その結果が、膨大な積読状態が発生し、壁の作り付けの本棚だけでは足りなくなって、新しい本棚が必要となってくる悪循環に陥っている。
昨今のように読書量が落ちてくると、処分しようとは思っているのだが・・・

この本は、新聞広告に出ていた日に、本屋さんでたまたま遭遇したので、買った次第です。
これまでの反省もあり、積読ではなく、買ってすぐに読み始めた。

内容は、JR東日本が発行している「トランヴェール」という旅の雑誌に掲載された旅のエッセイの中から41編を纏めたものである。
旅の行き先は「遊佐(山形)」「築館町」「盛岡」「奥多摩」「箱根」「小淵沢」「輪島」「龍飛岬」「蟹田」「三内丸山」等。
旅の途中に出会った人との交流や過去の経緯で訪れた土地での思い出等々が、1つが5ページ程にまとめられており、しかもこの著者らしく端正な文章なので、寝る前に軽く読むのに適している。

能登の輪島では、白米(しろよね)の棚田まで足を延ばした時に、香港からのカップルと出合う。著者は彼らに「中国本土の龍勝の棚田の方が、規模も壮大で、同じ棚田ならそちらの方が良いのではないかと訊ねたら、二人は口々にこう言った。自分たちも龍勝の棚田には行ったことがある。しかし、良く手入れされているこの白米の棚田により心を動かされる。そして、こんなことも言っていた。以前は中国本土にも旅行していたが、最近は日本にしか来ない。日本を旅行していると、心が落ち着くのだ、と。」
・・・等々、出会った人々との心温まる交流が随所に散りばめられている。

肩の凝らない本として、一読をお勧めします。

2020年5月6日水曜日

街道を撮りにゆく シリーズ4「北海道編・利尻島」

「北海道編・利尻島 」シリーズ4


利尻の地名の語源はアイヌ語のリ・シㇼ(高い島)だそうだ。
その名のごとく、利尻岳(国土地理院では利尻山)を主体とした火山島である。


この山は、深田久弥の「日本百名山」に「利尻岳(1719m)」と、最初に登場する。山の高さは2000mにも満たないが、島全体が海上に浮かぶ山のように見え、その山容の美しさから「利尻富士」とも呼ばれ、日本のクライマーの憧れの山である。

(空からの利尻島 Wikipediaから)

私の学生時代からの親友であるH君が舌癌で入院し、見舞った時に「退院したら、利尻岳に登ろうな」と彼が言ったが、果たせぬまま故人となってしまった。
彼の亡くなった1年後にこの島を訪ねた。
空から見れば、島全体が見えて最高に素晴らしいと思うが、海からの訪問となってしまった。しかも雪のない9月であった。

目が覚めて甲板に出た時に、利尻岳を始めて見た。
船の前方に神々しく横たわっていた。

                                                    利尻岳の上に朝陽が輝く

利尻オタトマリ沼

オタトマリ沼から見る利尻岳

島の湾内の風景

            「北のカナリアたち」のポスター
 2012年に映画「北のカナリアたち」が封切りされた。
この映画は、利尻・礼文が舞台になっており、私の好きな木村大作の撮影で、冬の厳しくかつ美しい利尻岳が映し出されているので、一度ご覧下さい。
なお、この映画は第36回日本アカデミー賞の各賞を総なめにしている。

 利尻島の夕景に別れを告げて、宗谷岬を回って、オホーツク海へ向かう。

 礼文島沖での夕景
 (この写真は、2017年YPC総合写真展で「住宅供給公社賞」を受賞しました)