フォロワー

2026年3月10日火曜日

三井記念美術館「在原業平と伊勢物語」

    「みやび」を体現する業平

在原業平生誕1200年の記念行事として、三井記念美術館で、「在原業平と伊勢物語」が開催されています。

美術館に入る前に地下鉄を降りて地上に出ると、日本橋の景色が一変しているのに驚きです。高層ビル群が立ち並び見違えるようです。恰も三菱地所の丸ノ内の高層ビル群に対して、三井不動産がコレドや三井タワーを中心とした高層ビル群を建てて、競い合っているような感じです。

美術館内は撮影禁止なので、内容は下記のカタログの写しでご覧下さい。










































在原業平について

(大岡誠氏や高樹のぶ子氏の本を中心に、備忘録として整理しました)

時代:平安時代初期~中期(西暦825880年)、同時代に空海、菅原道真などがいます。特に菅原道真は在原業平の役所での上司です。
紫式部の時代には「伊勢物語」は既に古典になっていました。

家柄:桓武天皇の末裔で、皇族だったのですが、父が願い出て兄と共に在原姓を賜って臣籍降下しています。

エピソード
漢文で書かれた正史「六国史」の中で、菅原道真は、在原業平について「ほぼ学才なし」と書いているそうです。この場合の学才とは漢学を差します。
菅原道真から見れば、誰でも「学才なし」かも知れませんが・・・

ただ、非常にのどかで、和歌が上手く、美男子で女性にもてたらしい。伊勢神宮の神の妻として仕える女性とか、幼少だった天皇の年上の奥方(高子)と同衾してしまい、それが藤原氏の怒りを買い、伊勢物語の「芥川」(※1)や「東下り」の物語が出来たという説があります
(※1「芥川」:主人公の男(在原業平?)が恋人を盗み出して逃げるものの、悲劇的な結末を迎える話)

また、高樹のぶ子氏によると、「在原業平は、プレイボーイの代名詞のように言われるが、『伊勢物語を読むと、彼は決して女を次々と射落とすハンター型ではなく、むしろ受け身で、巻き込まれ型の恋が多かったと述べています。
出世を望まないにしろ、何らかの形で自分を認めて欲しい。その思いが向かった先が歌でした。不遇をかこった業平には、思うに任せぬ事も多くあったわけですが、それがそのまま歌をつくる力になり、モチベーションにもなった。命のエネルギーを思い切り歌に注いだため、業平の歌は人々の心を打ち、その結果として、女性にモテた。そういう順番だったと思います」

不遇を囲った業平だが、晩年には、かつての恋人(高子皇太后)が主宰するサロンに呼ばれ、その縁で蔵人頭に登り、藤原氏ほどではないが、政治の中枢にはいたようである。

2026年3月3日火曜日

映画 「木挽町のあだ討ち」(源孝志監督)

  江戸時代を、歌舞伎を、一気に現代へ引きずり寄せる仕掛け


原作:永井紗耶子(直木賞と山本周五郎賞をダブル受賞)
監督:源孝志
キャスト:柄本佑、渡辺謙、北村一輝、滝藤賢一、長尾謙杜etc.

〈イントロの部分ですがネタバレ〉
映画の冒頭、雪の中で、赤い着物を着た美少女が悪党づらの作兵衛(北村一輝)に、すれ違いざまに帯を掴まれ、帯がクルクルと解け、剥ぎ取られた赤い着物が空中へ舞う。その着物の下からは、白い仇討ち姿の凛々しい若武者・菊之助(長尾謙杜)が現れる。

折しも歌舞伎小屋「森田屋」では「仮名手本忠臣蔵」の千穐楽の幕が引けて、観客がゾロゾロと夜の街へ出てきて、この仇討ち現場に出くわす。
群衆は、自然と仇討ちの立会人であり、その目撃者となった。
若武者は激闘のすえ、見事に父の仇の首を打ち取り、首を引っ提げて去ってゆく。それは見ている群衆にとっては、先ほどまで歌舞伎小屋で見ていた、赤穂浪士が吉良上野介の首を討ち取って、引き上げてゆく姿に重なっていた。
そうしてこの見事な仇討ちの噂は江戸中に一気に広まってゆく。

1年半後に、仇打ちをした菊之助の縁者と名乗る飄々とした主人公・加瀬総一郎(柄本佑)が江戸に現れ、総一郎曰く「菊之助は虫のも殺せぬほどの心優しい男でね」そのような男が200人もの目撃者がいる中で、江戸中に知れ渡るほどの見事な仇討ちが何故出来たのか? 総一郎はこの謎解きを始めてゆく。
そこに居るのは歌舞伎小屋「森田座」の癖のある面々と彼らを束ねる戯作者篠田金治(渡辺謙)
総一郎は「森田屋」の面々とのやり取りから。この事件の謎に迫ってゆく。そして一見飄々とした総一郎の背後にも、この謎を解き明かさなければならない隠された事情が絡んでいた。

笑いあり、涙あり、圧倒的な分かりやすさとテンポの良さ、美しい映像で、「見せる」というよりも「魅せる」。そして東野圭吾に通じる「なぜ」を重視する深い人間愛、意表を突く結末。
江戸時代や歌舞伎を現代に蘇らせるような仕掛け、
森田座の人々の癖のある役柄を見事に演じ切る役者陣も素晴らしい。

源孝志監督は、NHK・BSでの「京都人の密かな愉しみ」「スローな武士にしてくれー京都撮影所ラプソディー」等を通じて、これまでも素晴らしい作品を制作していますが、今回も期待通りというか、期待以上の極上のエンターテインメントを提供してくれました。

2026年2月11日水曜日

街道を撮りにゆく コウノトリ(元荒川)

      元荒川にコウノトリがやって来た

日課にしている散歩に出かけたところ、元荒川に見慣れない鳥がいるので、急ぎカメラを持って撮影しました。
望遠レンズを通して見ると個体識別番号が「J0925
この番号によってこの鳥の詳細が分かります。
昨年4月30日に兵庫県豊岡市で孵化した1歳に満たない若鳥で、その後7月に巣立ちをし、約半年を掛けて埼玉までやってきたようです。
以下、写真でご覧ください。





























































街道を撮りにゆく 諏訪湖・寄せ氷(2月)

         冬の風物詩となった寄せ氷


2026年の諏訪湖の「御神渡り」は立春の日に「明けの海」宣言が出て、今年で8季連続で見ることが出来ないようです。
「明けの海」とは、諏訪湖で厳冬期に全面結氷した湖面が、凍裂して氷の山脈のようなものができる現象「御神渡り」が、立春を過ぎても出現しないことを指す言葉です。
最近は「御神渡り」に変わって「寄せ氷」が冬の風物詩になった感があります。

ただ寄せ氷がどういう条件で出来るのか? またどの場所で見れるのか? 初めてのことなので、氷の張り具合そして風や波によってそれが壊れ、どこの岸に打ち寄せるのか等々調べるのに手間が掛かります。
私の撮影した寄せ氷は前日には出来ていたようで、辰野清さんのブログを見ていましたら、前日の夜が満月だったので、この場所で満月と寄せ氷の組み合わせで、撮影されたようです。流石にプロです。着想が豊かです。

以下、写真でご覧下さい。



















上:夜明け前
左:日の出直後

ガラス片が積み重なったような状態です。































ミニ御神渡り
















アイスジュエリー①
















アイスジュエリー②


2026年2月8日日曜日

街道を撮りにゆく 裏磐梯(1月)


         ホワイトアウト&朝焼け















久々の冬の裏磐梯へ
本来の目的は、娘のお供で稲苗代町にある「梨の木」というフルーツピザが評判のピザ屋さんなのですが、折角行くので裏磐梯まで足を伸ばした次第です。

裏磐梯の初日は、少し吹雪かれてちょっぴりホワイトアウト、翌日は秋元湖での朝焼けを独りで堪能しました。
この時期の秋元湖は日の出の位置が山影になるので、来る人もなくのんびりと
一人での撮影です。ただ誰も来ないということは除雪車も入らないので、100mほど雪の中をラッセルする羽目になりました。
以下、写真をご覧下さい。

「省略の美」
















吹雪の後
















緩やかな双曲線






















誰もいない秋元湖
































































帰りに磐梯山が少しだけその威容を見せてくれました。


2026年1月22日木曜日

読書 「鬼平とキケロと司馬遷と」 山内 昌之

         読書は享楽である


著者:山内昌之(国際関係史・イスラム地域研究)
出版:中公文庫

著者は20代後半から40代にかけては、外国語資料に惑溺し、日本語の本を殆ど読む余裕などなかったという。しかし40代半ばにさしかかると、改めて無性に日本語の本を読みたくなったという。
理由の一つは、自分の学問の意味や目的を日本や日本人のあり方と無関係に考えがちな精神に歪みを感じることが多くなったからだという。
その結果辿り着いたのは、「読書に勢いをつけ面白いと感じるためには、読みやすい本や面白いものから入ればよい」という方法だという。
その結果、本のタイトルや以下の目次や見て頂ければ分かるが、乱読の山である。
〈目次〉
序章 歴史の楽しみ―司馬遷からマスペロへ
第1章 江戸のロマン―鬼平と河内山のピカレスク
第2章 政治リアリズム―ローマ・徳川日本・イスラーム
第3章 「歴史とは何か」―イブン・ハルドゥーンと内藤湖南
第4章 幕末騒動始末記―新選組のぐるり
第5章 明治という時代―夏目漱石と乃木将軍
終章 新しい教養へ―江戸情緒と泰西趣味を超えて

そして著者は明治の文芸批評家の内藤湖南の言葉を引用して「読書が勤学であるように解されたのは昔の道学の学究観で、読書は実は享楽である」と。
ただ、この本に取りあげられているのは、私のレベルに合う本もあるが、かなり専門的な知識がないと理解しにくいものもある。ただ楽しみのための読書という気持ちだけは共有できたと思う。

2026年1月15日木曜日

長谷川等伯の「松林図屏風」

      「松林図屏風」の激しい筆遣いに驚き

「松林図屏風」
〈この絵は写真撮影が許可されています〉
        










上野の国立博物館では、毎年1月には恒例の長谷川等伯の「松林図屏風」が展示され、10数年ぶりに観ました。 安部龍太郎の直木賞受賞作である「等伯」を読んで以来気になっていた作品です。

鑑賞のポイントは以下の通りです。
(以下、AIを利用しながら私見を入れて作成しました)

〈余白〉
この作品の最大の特徴は、何も描かれていない「余白」です。等伯は紙の白さをそのまま活かすことで、立ち込める深い霧や湿った空気感を表現しています。
〈墨の濃淡による距離感〉
近くの松は濃い墨で力強く、遠くの松は淡い墨でぼんやりと描かれています。 
〈屏風の折り目による効果〉
折り目によって画面に凹凸ができると、松の配置にさらなる立体感と動的なリズムが生まれ、それを上手く利用しています。
〈等伯の心情〉
この絵は、等伯が愛息・久蔵を亡くした後に描かれたという説があります。 
画面全体に漂う静寂や孤独感、あるいは厳しい自然の中に立つ松の生命力など、等伯がこの風景に託したであろう感情に思いを馳せてみるのも違う見方が出来るかも知れない。

この仮説が正しいとすれば、小説の「等伯」を読むとこの時の心情がよく理解できます。
この時期、狩野永徳が「京都画壇の絶対王者」として君臨しており、この小説のクライマックスの一つとして、等伯が狩野派の陰謀によって息子・久蔵を失ったのではないか、という疑惑が描かれます。


※私なりに、今回まじかで観て新しい発見がありました。それは、
この激しいタッチで描かれた松の葉は風により上下に揺れる動きを現わしているのではないか???
それは息子・久蔵を失ったやり場のない悲しみなのか、怒りなのか・・・

当時日本の画壇でこのような風の動きを現わす作品は観たことは無いように思えます。

※左の絵をクリックして頂ければ、画像がアップで見ることができ、筆づかいが良く分かります。