日本の美の伝統とは・・・
著者:高階秀爾
出版:筑摩書房
本書は著者がこれまでに発表した講演や小論を纏めたものであり、前半は
「日本人の美意識」と題された講演記録を皮切りに、日本と西洋との芸術比較論や日本の油彩画、日本美術の原点や独自性について述べています。
驚いたのは美術評論家がその冒頭に
「古今和歌集」を取り上げ、その序文は日本人の美意識をはっきりと告げる初めての
「日本の美学の宣言書」であると述べています。
そして注目しているのが、その分類方法です。海外のアンソロジーは全て作者ごとの分類になっているのが、古今集では、四季の季節ごとの分類から始まり、その次にお祝い、恋、旅・・・等が続き、かなりの割合で季節の部分に重点が置かれています。言い換えれば考え方が作者本位というより、むしろ自然と繋がっている。
つまり、自然と繋がるという流れが古今集から現代にまで繋がっていると。
更に「反り」「平仮名の造形性」「鳥居」、更には琳派等の「絵と文字の共作」から「マンガの文字と絵」というテーマにまで広がっていきます。
※話が脱線しますが、われわれが学校で習った日本文学史は、散文(小説)が中心でしたが、詩歌(和歌・俳句等)を中心にした流れを追う方が、日本人の美学の伝統としては分かりやすいかも知れません。少なくとも散文がメインとなる近代以前は・・・
後半は、雑誌に掲載された小論が中心となっていますが、その分内容は多岐に亘っています。絵文字や漢字と日本語の関係、襲名という特異な伝統、雅楽や唱歌等の音楽、富士山、太鼓橋、旅の文化、そして行き着く先はロボットに至るまで、実に幅広い着眼点を以て日本の文化を論じています。
日本美術を語る上では欠かせない
「余白の美」は、実は
「切り捨ての美学」に他ならないと言う解説も興味深い考察です。
長谷川等伯の「松林図」、利休と朝顔の故事を取り上げ、たった一つの美を際立たせる為に背景や情景を全て切り捨てる・・・そんな大胆な発想が日本美術の伝統を支えている事を思うと、改めて西洋美術との根本的な違いが見えて来るのではないでしょうか。
更に面白いのは、
西洋が“実体”に美を感じるのに対し、日本人は“状況”に美を見出すという点だと指摘しているのは面白い見方です。
西洋人は「ミロのヴィーナス」等、状況がどう変わろうと実物そのものの美しい物を挙げるが、日本人の美は、清少納言が見抜いたように、季節の移り変わりや時間の流れなど自然と密接に結びついていて、状況によって変化します。
ここに挙げたのはほんの僅かな一例ですが、驚きと、納得があり、知識の収穫があり・・・目から鱗のような展開があります。