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2026年3月26日木曜日

街道を撮りにゆく 三毳山のカタクリ

          春  の  妖  精

三毳山には2つのカタクリの群生地があります。
佐野市の「万葉自然公園かたくりの里」と栃木市の県営都市公園「みかも山公園」です。
今回は2026年3月15日に両方を訪ねました。
この段階では開花情報では5分咲きとありましたが、現地に行って見るとほぼ満開に近い状態で、花の痛みもなく、綺麗な花に出会うことが出来ました。
〈撮影の案内〉
「万葉公園」の方は、マクロ、広角、望遠の何でも使えます。
「みかも山公園」の方は、花までの距離があるので望遠での撮影が中心になりますが、傾斜がある分、太陽や木漏れ日を入れたり、面白い写真になる可能性があります。
以下、写真でご覧下さい。













































アズマイチゲ




















2026年3月25日水曜日

読書 『危機の三十年:冷戦後秩序はなぜ崩壊したか』  細谷雄一

   ユートピア主義とリアリズムを繰り返す国際情勢


著者:細谷雄一
出版:新潮選書(2026年2月刊)

著者は、国際政治学の古典である、E.H.カーの『危機の二十年』(1939)を念頭において、過去30年の国際情勢を冷静に分析し、ソ連崩壊後の西側諸国の驕りと構造的欠陥を冷静に分析したなかなかの力作です。

過去2世紀の国際政治は、18世紀の啓蒙主義からフランス革命を経て国家間の軍事衝突。その後ウィーン体制を基礎とした平和。19世紀後半には欧州では、第一次世界大戦が勃発、大戦後はリベラルな国際主義の理念により国際連盟を設立。だが1930年代には世界はパワーポリティクスに支配され、第二次世界大戦へ突入。
大規模で悲惨な戦争を体験した人類が、その反省から戦争のない平和なユートピアを追求し、その後はその理想が踏みにじられて、今度は権力闘争を前提とするリアリズムが再興する循環が、一定の期間を隔てて繰り返されてきたことが理解できる。

現代に目をうつすと、東西冷戦が終結し、人々は戦争の時代が終わり、平和が永続するユートピアを夢みた。また民主主義が拡大して、自由貿易の思想がグローバリズムの潮流に乗って世界に広がっていくことを確信した。
欧州についていえば、中・東欧の人々はかつてナチス・ドイツに蹂躙され、大戦終了後はソ連の衛星国になることによって自らの国家主権が制限された。そのような呪縛から解放されて、今度こそは確かな安全保障を手に入れたいという原動力が、NATOへの加盟、つまりNATOの勢力拡大へと連なり、結果としてロシアのかつての勢力圏を脅かすことになる。
 
そのような西側世界の勝利主義は、ロシアの人々にとっては屈辱の歴史であった。
NATOの東欧への勢力拡大の流れに対して、ケナン、キッシンジャー、イギリスのマゾワーのように国際関係をリアリズムで捉えている人々からは警鐘が発せられていたが、あくまで少数派であった。
西側の大多数の人々は冷戦終結後の世界における民主主義の拡大と、グローバリズムの深化を自明のことと認識し、自らが理想とする国際秩序を創り出すことができるというユートピアニズムへと繋がっていく。
ロシアについて言えば、唯一ゴルバチョフだけが、西側の考え方に心理的な敵対心や、排外主義的な感情を持たなかった例外的な指導者であり、そのことが後に「裏切り者」と国内で繰り返し批判されることになる原因になった。
ロシアでは東欧諸国がNATOに組み入れられていくのを、敗北主義的な感情として受け取り、「憎悪と怨恨」の感情を鬱積させていった。そのような風潮から、ロシア国内で西側諸国との連携を模索する政治家の存在が失われていく。
アメリカおよび西側諸国とロシアの関係は、同じコインの表と裏の関係であった。
そして米ロ両者の関係に決定的に亀裂が生じるのは、1995年にプーチン大統領が登場してからである。

2003年の米英のイラク攻撃は、自らの意に沿わない政権を「レジーム・チェンジ(体制転換)」するアメリカの傲りが明確に浮かび上がっていた。国際法上の疑義が残る中で、従来とは違ったロシアへの事前調整を経ないアメリカの強引な対外行動が、更にプーチンの疑念や不満を鬱積させていった。一方アメリカも権威主義化していくプーチン体制に警戒感を強めるようになる。
2004年にバルト3国、ブルガリア、スロバキア、スロベニア、ルーマニア、の七か国がNATOに加盟する。更に旧ソ連邦の主要構成国のウクライナまでがオレンジ革命を経て、NATOへの加盟を目指すようになる。
これによって、アメリカの勢力圏が、自国の足元まで到達したとプーチンはとらえ、ロシアの国家安全保障上の危機と認識するようになり、逆に2014年ロシアのクリミア強制併合、ウクライナ東部への侵攻へと繋がっていく。
それに対して、欧米、特にオバマ政権はロシアに対して強硬姿勢をとることはなかった。というのも世界金融危機が始まった2008年以降欧米ともに国内経済の再建が最優先課題となり、対外軍事関与を縮小し、国防費を削減することが重要な政治課題となっていた。対中国やインド等の新興国との関係を強化することが自国の経済成長にとって重要な意味を持つようになっていた。
また、対ロ関係改善を求めるトランプが2017年大統領になり、NATOへの批判を強めたことにより、西側諸国の結束は弱まっていった。そのような融和的な態度が2022年のロシアによるウクライナへの本格的な軍事進攻へと繋がっていく。
ロシアのウクライナ侵攻によって、それまでロシアに対して宥和的な態度を取っていた欧州各国はロシアとの対決姿勢を強めるに至ったが、その後皮肉にも、アメリカが再び第2次トランプ政権に変わるや、それまでのアメリカ政府の立場とは対照的に、自国の利益を優先してロシアに対して宥和的な態度を取り始めた。そのことが、プーチン大統領の強硬な姿勢を後押しする結果になってしまった。
それまでのユートピアニズムの破綻が、世界をパワーポリティクスと大国主義が基調のリアリズムの時代へ大きく転換した。

最後に著者は言う。
「21世紀の現在に、むき出しのリアリズムによって『勢力圏』を確立し、近隣諸国を武力によって抑圧するロシアや中国、そしてトランプ政権のような19世紀的な帝国主義の論理を、21世紀を生きるわれわれは自明のものとして受け入れるべきではない。まだわれわれは、『危機の三十年』の後にくる時代を知らない。かつてカーが提唱したように、ユートピア主義とリアリズムを相互に補完的に融合させることで安定的な新秩序を得られるであろうか・・・『危機の二十年』というカーの古典から学べる教訓は、21世紀となった現在において、より一層大きくなっている」

2026年3月10日火曜日

三井記念美術館「在原業平と伊勢物語」

    「みやび」を体現する業平

在原業平生誕1200年の記念行事として、三井記念美術館で、「在原業平と伊勢物語」が開催されています。

美術館に入る前に地下鉄を降りて地上に出ると、日本橋の景色が一変しているのに驚きです。高層ビル群が立ち並び見違えるようです。恰も三菱地所の丸ノ内の高層ビル群に対して、三井不動産がコレドや三井タワーを中心とした高層ビル群を建てて、競い合っているような感じです。
江戸時代までは、扇、焼き物、合貝、屏風、掛け軸、色紙、能や能面、硯箱、皿、着物・・・等々「在原業平と伊勢物語」がジャンルを超えて、いろいろな物のモチーフとして用いられてきたのには驚きです。

美術館内は撮影禁止なので、内容は下記のカタログの写しでご覧下さい。










































在原業平について

(大岡誠氏や高樹のぶ子氏の本を中心に、備忘録として整理しました)

時代:平安時代初期~中期(西暦825880年)、同時代に空海、菅原道真などがいます。特に菅原道真は在原業平の役所での上司です。
紫式部の時代には「伊勢物語」は既に古典になっていました。

家柄:桓武天皇の末裔で、皇族だったのですが、父が願い出て兄と共に在原姓を賜って臣籍降下しています。

エピソード
漢文で書かれた正史「六国史」の中で、菅原道真は、在原業平について「ほぼ学才なし」と書いているそうです。この場合の学才とは漢学を差します。
菅原道真から見れば、誰でも「学才なし」かも知れませんが・・・

ただ、非常にのどかで、和歌が上手く、美男子で女性にもてたらしい。伊勢神宮の神の妻として仕える女性とか、幼少だった天皇の年上の奥方(高子)と同衾してしまい、それが藤原氏の怒りを買い、伊勢物語の「芥川」(※1)や「東下り」の物語が出来たという説があります
(※1「芥川」:主人公の男(在原業平?)が恋人を盗み出して逃げるものの、悲劇的な結末を迎える話)

また、高樹のぶ子氏によると、「在原業平は、プレイボーイの代名詞のように言われるが、『伊勢物語を読むと、彼は決して女を次々と射落とすハンター型ではなく、むしろ受け身で、巻き込まれ型の恋が多かったと述べています。
出世を望まないにしろ、何らかの形で自分を認めて欲しい。その思いが向かった先が歌でした。不遇をかこった業平には、思うに任せぬ事も多くあったわけですが、それがそのまま歌をつくる力になり、モチベーションにもなった。命のエネルギーを思い切り歌に注いだため、業平の歌は人々の心を打ち、その結果として、女性にモテた。そういう順番だったと思います」

不遇を囲った業平だが、晩年には、かつての恋人(高子皇太后)が主宰するサロンに呼ばれ、その縁で蔵人頭に登り、藤原氏ほどではないが、政治の中枢にはいたようである。

2026年3月3日火曜日

映画 「木挽町のあだ討ち」(源孝志監督)

  江戸時代を、歌舞伎を、一気に現代へ引きずり寄せる仕掛け


原作:永井紗耶子(直木賞と山本周五郎賞をダブル受賞)
監督:源孝志
キャスト:柄本佑、渡辺謙、北村一輝、滝藤賢一、長尾謙杜etc.

〈イントロの部分ですがネタバレ〉
映画の冒頭、雪の中で、赤い着物を着た美少女が悪党づらの作兵衛(北村一輝)に、すれ違いざまに帯を掴まれ、帯がクルクルと解け、剥ぎ取られた赤い着物が空中へ舞う。その着物の下からは、白い仇討ち姿の凛々しい若武者・菊之助(長尾謙杜)が現れる。

折しも歌舞伎小屋「森田屋」では「仮名手本忠臣蔵」の千穐楽の幕が引けて、観客がゾロゾロと夜の街へ出てきて、この仇討ち現場に出くわす。
群衆は、自然と仇討ちの立会人であり、その目撃者となった。
若武者は激闘のすえ、見事に父の仇の首を打ち取り、首を引っ提げて去ってゆく。それは見ている群衆にとっては、先ほどまで歌舞伎小屋で見ていた、赤穂浪士が吉良上野介の首を討ち取って、引き上げてゆく姿に重なっていた。
そうしてこの見事な仇討ちの噂は江戸中に一気に広まってゆく。

1年半後に、仇打ちをした菊之助の縁者と名乗る飄々とした主人公・加瀬総一郎(柄本佑)が江戸に現れ、総一郎曰く「菊之助は虫のも殺せぬほどの心優しい男でね」そのような男が200人もの目撃者がいる中で、江戸中に知れ渡るほどの見事な仇討ちが何故出来たのか? 総一郎はこの謎解きを始めてゆく。
そこに居るのは歌舞伎小屋「森田座」の癖のある面々と彼らを束ねる戯作者篠田金治(渡辺謙)
総一郎は「森田屋」の面々とのやり取りから。この事件の謎に迫ってゆく。そして一見飄々とした総一郎の背後にも、この謎を解き明かさなければならない隠された事情が絡んでいた。

笑いあり、涙あり、圧倒的な分かりやすさとテンポの良さ、美しい映像で、「見せる」というよりも「魅せる」。そして東野圭吾に通じる「なぜ」を重視する深い人間愛、意表を突く結末。
江戸時代や歌舞伎を現代に蘇らせるような仕掛け、
森田座の人々の癖のある役柄を見事に演じ切る役者陣も素晴らしい。

源孝志監督は、NHK・BSでの「京都人の密かな愉しみ」「スローな武士にしてくれー京都撮影所ラプソディー」等を通じて、これまでも素晴らしい作品を制作していますが、今回も期待通りというか、期待以上の極上のエンターテインメントを提供してくれました。

2026年2月11日水曜日

街道を撮りにゆく コウノトリ(元荒川)

      元荒川にコウノトリがやって来た

日課にしている散歩に出かけたところ、元荒川に見慣れない鳥がいるので、急ぎカメラを持って撮影しました。
望遠レンズを通して見ると個体識別番号が「J0925
この番号によってこの鳥の詳細が分かります。
昨年4月30日に兵庫県豊岡市で孵化した1歳に満たない若鳥で、その後7月に巣立ちをし、約半年を掛けて埼玉までやってきたようです。
以下、写真でご覧ください。





























































街道を撮りにゆく 諏訪湖・寄せ氷(2月)

         冬の風物詩となった寄せ氷


2026年の諏訪湖の「御神渡り」は立春の日に「明けの海」宣言が出て、今年で8季連続で見ることが出来ないようです。
「明けの海」とは、諏訪湖で厳冬期に全面結氷した湖面が、凍裂して氷の山脈のようなものができる現象「御神渡り」が、立春を過ぎても出現しないことを指す言葉です。
最近は「御神渡り」に変わって「寄せ氷」が冬の風物詩になった感があります。

ただ寄せ氷がどういう条件で出来るのか? またどの場所で見れるのか? 初めてのことなので、氷の張り具合そして風や波によってそれが壊れ、どこの岸に打ち寄せるのか等々調べるのに手間が掛かります。
私の撮影した寄せ氷は前日には出来ていたようで、辰野清さんのブログを見ていましたら、前日の夜が満月だったので、この場所で満月と寄せ氷の組み合わせで、撮影されたようです。流石にプロです。着想が豊かです。

以下、写真でご覧下さい。



















上:夜明け前
左:日の出直後

ガラス片が積み重なったような状態です。































ミニ御神渡り
















アイスジュエリー①
















アイスジュエリー②


2026年2月8日日曜日

街道を撮りにゆく 裏磐梯(1月)


         ホワイトアウト&朝焼け















久々の冬の裏磐梯へ
本来の目的は、娘のお供で稲苗代町にある「梨の木」というフルーツピザが評判のピザ屋さんなのですが、折角行くので裏磐梯まで足を伸ばした次第です。

裏磐梯の初日は、少し吹雪かれてちょっぴりホワイトアウト、翌日は秋元湖での朝焼けを独りで堪能しました。
この時期の秋元湖は日の出の位置が山影になるので、来る人もなくのんびりと
一人での撮影です。ただ誰も来ないということは除雪車も入らないので、100mほど雪の中をラッセルする羽目になりました。
以下、写真をご覧下さい。

「省略の美」
















吹雪の後
















緩やかな双曲線






















誰もいない秋元湖
































































帰りに磐梯山が少しだけその威容を見せてくれました。