高坂史観に学ぶ、珠玉のコラム
著者:高坂正堯出版:新潮選
著者の柔軟な思考方法に魅せられ、書かれた本は割合読んできたつもりだったが、本書と似たような名の「世界地図の中で考える」があり、それと勘違いしていました。
そのような事情で、最近になって本書を読み始めた次第です。本書は高坂の遺稿でもあります。
〈著者の概略〉
1960年~70年にかけて論壇やマスコミでは日本の防衛について「非武装中立論」が主流であった。そのような風潮の中で高坂は、1963年(昭和38)に、若干29才であったが、中央公論にて「現実主義者の平和論」で颯爽たるデビューを果たした。高坂は同論文において、当時日本外交の進むべき道として、主流であった「非武装中立論」の道義的な価値を認めながらも、実現可能性の難しさを指摘し、日米安保を含めた軍事力の裏付けのある外交政策の必要性を主張した。以降「現実主義派」の論客として名を馳せた。62才で亡くなったのが惜しまれます。
雑誌に掲載していた大体5ページ程度の比較的短い評論をまとめたものだが、後半はシリーズで纏まった評論が続く。
「バブルで亡んだ国はない」・・・5編
オランダのチューリップバブル、英国の南海会社バブル等の例を引き、成長期の国がバブルを起こす。貯蓄が厚いからバブルが起きる。だからバブルがその国の命取りになることはないと。この評論を書いた時期は、日本のバブルが崩壊した直後であり、高坂なりの当時元気を無くした日本人への応援歌だと思います。
「政治の良し悪し・近代初期イギリスの政治から」・・・8編
イギリスの18世紀を検証しつつ、よい政治についての考察が語られる。いわく、偉大な政治家や良い政治なしで済むことの方が幸せではないか。ネルーやチトーが偉大であったとして、彼らの国は長く苦しんでいるではないか。
戦後の日本の政治が善いとは言われたことはまずなかった。本当にそうだろうか。政治が本当に悪かったなら社会は乱れ、経済の発展もなかった。 逆に大きく発展した国は、余り大政治家を生み出していない。ここに政治の不思議さがある。
「日本政治史から考える」・・・11編
昭和初期から開戦に至るまでの日本の政治に関しての評論。
多岐に渡るので、ここでは省略します。
他に、太平洋戦争に関して2編あり、アメリカ側から考察したものと、日本側から考察したものである。面白かったので以下に概略を記す。
〈アメリカ側からの考察〉
アメリカは実行不可能なタテマエの国である。アメリカ独立時からの伝統的な孤立主義の影響で、ルーズベルトはアメリカが攻撃されない限り戦争しないと宣言する。一方ヒトラーにヨーロッパを支配させるわけにもいかない。アメリカは武器貸与法でイギリスを援助し、ドイツを挑発したが乗ってこない。そこで、ルーズベルトは日本を挑発し、それをきっかけに日本と三国同盟を結んでいるドイツと戦うというシナリオになった。所謂世に言われている「戦争裏口説」である。随分曲がりくねったシナリオだが、孤立主義を原則とするアメリカにはそれが必要であった。しかし以上の事は日本に責任がなかったことを意味するものではない。なぜそうなったかについて我々は論じなければならない。それが我々にとって真珠湾の最大の教訓なのだから。
〈日本側からの考察〉
日本の政策が十分な計算と決意の下にとられたとは考えられない。一つには欧州でのドイツの力への過大評価があり、それに便乗しようとする雰囲気があった。ムードに弱く、流され、そのため情勢判断を誤ることが日本人の弱点であることは間違いないという。その中でアメリカを過少評価した上で、対米戦争も辞さないとするコンセンサスが一旦できると、それを変更することは難しくなった。
冷静に考えるなら、中国を侵略し、次第に深みにはまってどうしようもなくなって困っているのに、その上アメリカと戦おうというのだから、これほど合理性のない行動はない。
事実仏印インドシナに進駐し、対米戦争の準備も進めていた。こうした日本の行為が、アメリカの指導部に、日本を力で抑える以外に方法はないと判断させたのも事実である。
〈私見ですが・・・〉
この本の「日本政治史から考える」で、昭和初期から開戦に至るまでの日本の政治に関しての評論を読んでいて、ふと考えた事です。陸軍と海軍を比較した場合、太平洋戦争へ突入した問題では、常に陸軍が悪者にされている。しかし対米戦争においては主として戦うのは海軍であり、事実海軍はアメリカを仮想敵として準備していた。
だから対米戦争では海軍の尻を叩くような感じで、無責任な強硬な意見を吐くことが出来た・・・のではないかと最近思い始めています。(あくまで主観です)
海軍が対米戦争で勝てないと思っていたなら、海軍が戦争を止めさせるべきだと思う。ただ海軍は、対米戦争に勝てないと言えば、メンツが潰れ、予算も削減される、しかも当時の政治的影響力は、陸軍に比して小さく、そう主張しても戦争回避は出来なかったかもしれない。ただ海軍が積極的に戦争回避の役割りを担わなかった罪も相当重いと言わざるを得ないような気がします。
