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2019年10月27日日曜日

読書「学校では教えてくれない日本文学史」

   「学校では教えてくれない日本文学史」

評価:★★★★☆
著者:清水義範
出版:PHP文庫

原題は「身もフタもない日本文学史」を文庫化にあたって今のタイトルに改題。改題しない方が面白いと思うのだが・・・

日本文学史をこの本のように学校の授業で教えたら、子供たちももっと日本文学や古典に興味を持つのではないかと思うほど、的を得て、かつ面白い。
つまり、この本を読むと、日本文学の特徴は何かとか、日本文学の値打ちはどんなところにあるのかなどのことが、一目瞭然となる。
文部省の推薦書にでもすれば良いと思うが、文部省にはそんな器量はないだろうなぁ。

本書の見出しを見るだけでもポイントが掴めるので、以下に掲げる。

第一章:「古事記」はただものではない
第二章:「源氏物語」のどこが奇跡か
第三章:短歌のやりとりはメールである
第四章:エッセイは自慢話だ
第五章:「平家物語」と「太平記」
第六章:紀行文学は悪口文学
第七章:西鶴と近松
第八章:「浮世風呂」はケータイ小説
第九章:漱石の文章は英語力のたまもの
第十章:みんな自分にしか興味がない
第十一章:戦後文学は百花繚乱
第十二章:エンターテイメントも文学の華

上記の見出しで何となく内容が分かると思うが、例えば「第六章:紀行文学は悪口文学」を読むと、
「紀貫之の『土佐日記』以来、田舎の悪口を言うのが紀行文学の型なのである。紀行文学は根本的に、とんでもない所に来てしまった、という嘆きで成り立っているのだ・・・(略)・・・旅人だからこそ田舎のつまらなさが見え、そのつまらなさを語れば語るほど、そんなところに来てしまった自分の芸術的価値が高まるのだ。ひどい所へ来ているからこそ味わいが深いのである。
そして芭蕉もまたその伝統をふまえて、東北の悪口を書く。(奥の細道の)<尿前の関>の段で、泊めてもらったところに、蚤はいるは虱はいるわ、馬も一緒にいるような部屋で、馬は尿をして難儀したと、尿前の関がとんでもない田舎だったことを嬉々として書く」

というような内容が各章に散りばめられており、日本文学の古事記・源氏物語から現代文学まで一気に読み通して、理解した気分になること請け合いである。


2019年10月23日水曜日

登山「安達太良山登山の悪戦苦闘記」


       安達太良山での悪戦苦闘記


10月は雨ばかりで、おまけに台風19号の豪雨があり散々でしたが、10月23日は久々の快晴。
朝8時に自宅を出て、車で200数十キロを走り、12時から登山開始。
安達太良山は、途中までロープウェイがあり、コースタイムは2時間半・・・本来なら初心者でも簡単に登れる楽チン登山のハズだった・・・

例年なら紅葉は終わっているが、今年は残暑が長く、この日は紅葉真っ盛り。天は我に味方せり。
安達太良山の登山の途中で・・・紅葉真っ盛り
(奥に見えるのは吾妻連山)

ところが登山道は連日の雨でドロドロ、一部水で削り取られた箇所もあり、紅葉に見とれて、のんびり写真を撮ったり、昼飯を作ったりしていたら、ロープウェイでの下山の最終便に遅れそうになり、坂道を転がるようにして泥道を駆け下りました。

この時、昔若かりし頃、今回と同じような経験をした悪夢が蘇ってきた。
5月の連休に友人とスキーを担いで、唐松岳に登頂し、残雪の山をスキーで滑降して楽しい一日になるハズだった。
この時、初めて雷鳥に出会った
(背後に見えるのは遠見尾根)

若さに任せて、スキー靴で山を登り、頂上でお湯を沸かして紅茶やインスタントラーメンを食べ、気が付いて周囲を見回したら誰もおらず、薄暗くなり始めていた。
慌ててスキーで超高速で飛ばしに飛ばして、やっとリフトの最上部まで来たら・・・最終便は終了。
そこから八方尾根スキー場を下るのですが、この先は残雪がない・・・仕方なくスキーの板を外して、トボトボと真っ暗なスキー場を下山。
やっとのことで、宿に到着したが、疲れ切って夕食も食べる気力もないくらい疲労困憊。
この後痔になって手術をしたほど疲れ切りました。

・・・悪夢から蘇り、今回は何とか最終便に転がり込んだ次第です。
靴とズボンは泥だらけで、膝はガクガク。計画ではこんなはずじゃなかったのに・・・

写真「安達太良山の紅葉の絶景」

安達太良山の紅葉は最盛期(2019年10月23日)

見晴らし台から見た安達太良山(左上のドーム)

登山道からの紅葉の絶景

台風の後に出来た滝?
断崖の上下の紅葉

安達太良山山頂


帰りのロープウェイから見た山麓の紅葉


2019年10月22日火曜日

読書「孤蓬の人:葉室麟」

       「孤篷のひと」を読んで
著者:葉室麟
出版:角川書店

作事奉行としての造園家・小堀遠州は知っていたが、利休~織部と続く茶道を受け継ぎ、「天下一」の茶人として名を成したというのは、恥ずかしながら知らなかった。

主人公が晩年に、茶席で過去を振り返りながら、何らかの影響や強烈な印象を受けた人物を語る形で描かれる。
その人物を語る各章の小見出しは、「茶道具」で名付けられている。
(例)「肩衝」では、肩を張った茶入れの壺「肩衝」に、石田三成の孤独な姿を重ね合わせている等少し凝った小見出しです。

各章毎に語られた人物とは、千利休、古田織部、沢庵、石田三成、徳川家康、伊達政宗、後水尾天皇、本阿弥光悦、金地院崇伝・・・
ただそれらの人々は戦乱の世を生き抜き、個性の強い人物ばかりで「天下を狙う茶」であったが、遠州の茶は太平の世を「生き延びる茶」を求めて行く。

(追記1)
驚いたのは小堀遠州の岳父である藤堂高虎。
戦国の世にあって、浅井長政、羽柴秀長、豊臣秀吉、徳川家康など8度も主君を変えていることから、歴史上風見鶏のような批判が多いが、文中で「おれは使えた主君には尽くし切り、一度も裏切ったことはない」という言葉が強烈であった。高虎は使えた主人が死んでやむなく、次の主人へと移ったのが事実である。
そうでなければ、晩年の家康が高虎に対して絶大な信頼を置く訳がない。

(追記2)
先日京都への墓参りに託けて、葉室麟の小説の「孤蓬の人」や「墨龍賦」の舞台となった場所を訪れました。
メインは「建仁寺」の「海北友松の雲龍図」と「俵屋宗達の風神雷神図」です。
残念だったのは、小堀遠州が作った南禅寺の方丈庭園と金地院の庭が見れなかったことです。