著者の作家人生への転身の決意が伝わってきます
著者:葉室麟
出版:文春文庫
前に著者の最後の随筆集「読書の森で寝転んで」を読んで、昔読んだ著者の小説「乾山晩愁」「銀漢の賦」「蜩の記」「墨龍賦」等々を思い出しました。
映画の「散り椿」も西島秀俊と岡田准一の太刀裁きと散り椿の美しさ、黒木華も良く、見応えがありました。「墨龍賦」を読んだ後で、京都建仁寺の「雲龍図」を見に行ったこともあります。「恋しぐれ」での蕪村の老いらくの恋やそれを取り巻く人々がしっくりと描かれていた連作短編集も「葉室ワールド」の世界に浸れました。
藤沢周平の死後、物静かだが、凛とした感じの雰囲気を出せる小説家は他に誰がいるのだろう・・・
そのような回想をしていたら、著者の最初の随筆集を見つけました。
本著は、デビューしたての頃から、直木賞を受賞した前後の時期のものです。
タイトルの「柚子は九年で」について、「桃栗三年柿八年」に続けて「柚子は九年で花が咲く」という地方があるそうだ。
著者が50歳になったときに「自分の残り時間を考えた。十年、二十年あるだろうか。そう思った時から歴史時代小説を書き始めた」自分自身を柚子に譬えた。
「じっくりと時間をかけて、あきらめることなく努力を重ねれば、いつかきっと花は咲く」「勝てないかもしれないが、逃げるわけにはいかない。できるのは『あきらめない』ということだけだ」と自分に言い聞かせたという。人生の残りの時間に焦りがあったのだろうと思う。
直木賞選考会の結果を、都内のホテルで待っている間、胸の内で「この言葉」をつぶやいていた。そして「蜩の記」で見事に直木賞を受賞し「柚子の花」が開いた。
この本も、「読書の森で寝転んで」と同様、著者の人柄をしのばせるように、じっくりと心に響く随筆集でした。