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2023年1月23日月曜日

読書 三島由紀夫と司馬遼太郎・・・美しい日本をめぐる激突

     リアリストの司馬遼太郎vsロマン主義者の三島由紀夫


著者:松本健一
出版:新潮選書

三島由紀夫は純文学の旗手であり、ノーベル賞候補にもなる文壇の寵児であった。
一方の司馬遼太郎は後に国民作家と呼ばれるが、終生文壇とは距離を置き、大阪で執筆活動をしていた歴史小説家であった。
1970年11月25日に三島が自決するまでは、この二人の接点は殆どなかったと思われる。

その日三島は自衛隊市ヶ谷駐屯地に乱入し、「天皇陛下万歳!」と叫んで自決した。
この三島事件に対して、作家の文学の延長線上での自己表現として評価する雰囲気もあり、マスコミはどう対応すべきか、戸惑っていたようにも感じられた。あの小林秀夫でさえ、『この事件の象徴性とは、この文学者(三島)の自分だけが責任を背負い込んだ個性的な歴史的経験の創り出したものだ・・・(略)・・・そうでなければ、他人であり孤独でもある私を動かす力が、それに備わっているだろうか』と言っている。(「小林秀夫・江藤淳全対話」より)
その時、毎日新聞の編集部が動き、気乗りのしない司馬に三島事件についての感想を求め、翌26日朝刊の一面全面を費やして、その批評文「三島由紀夫への献辞と批判」が掲載された。
この批評文によって世の中での三島事件の評価が下されたように思う。
本書ではないが、当時「中央公論」の名編集長と言われた粕谷一希は、この記事を読んで「これは名文だ。司馬遼太郎が単に歴史作家を超えて、現実の日本の問題に対する指導的な言論を述べるリーダーへの転機となった一文である」と述べている。
ただ一般には、この二人の関係は、この25日から26日の間の一瞬の遭遇で終わったと思われていた。

著者は、それからさらに突っ込んで、リアリストであり戦後日本を是認していた司馬と、ロマン主義者かつ芸術至上主義で、戦後日本を否定していた三島の、それぞれの美学あるいは生き様を比較することで、二人にとっての「美しい日本」とは何であったかを論じている。

前述したように、それまで一瞬を除いて接点がないどころか全く真逆の価値観を有する二人を、細かく分析・比較することで、面白い評論が出来上がったと思う。

特に司馬の作家活動の後半生の代表作となった「街道をゆく」は、三島の「天皇陛下万歳!」自決直後からシリーズが始まっており、その膨大な紀行文の中で、著者は、「天皇の物語」がないことに気づく。敢えて避けているようであると。そういう目で見ると、司馬の代表作である「坂の上の雲」の日露戦争も「天皇の戦争」ではなく「国民の戦争」として描いていたことに気づく。司馬はそのシリーズで書いているのは、日本文化のモノづくり、例えば米づくりや砂鉄づくり、そして匠の物語である「美しい日本」であった。
そんな司馬もバブル期の日本に失望し、国を憂いていたことは周知の事実だ。

三島由紀夫も司馬遼太郎も高度成長期を経た日本が、経済至上主義に走り、ナショナル・アイデンティティ(日本らしさ)を喪失していることに強い危機感をいだいていた。そして彼ら二人は経済大国日本とは別の、もうひとつの日本を提示しようとしていたという。

接点のない二人の作家の違いを際立たせておいて、真逆な二人が、生涯の最後に、共に空虚な大国へ成長した戦後日本を憂えたという方向性を導き出したのは、コペルニクス的発想の転換で面白かった。

2023年1月5日木曜日

読書 飛び立つ季節 - 旅のつばくろ 沢木耕太郎

往年のバックパッカーの老後の旅立ち


著者:沢木耕太郎
出版:新潮社

沢木耕太郎の旅といえば、バックパッカーのバイブルとでも言える、海外を旅する「深夜特急」のイメージが強いが、本著は国内の紀行エッセイ。
著者のノンフィクションの作品群は硬質な文章を淡々と積み重ねていくイメージだったが、この作品には、それとは違って年齢と共に丸くなったような等身大の著者の姿が浮かびあがってくる。

目的地だけを定めて、後は成り行きに任せる旅のスタイルは、若い時と変わっていないようだ。そこには、偶然がもたらした出会いがあり、喜びがある。
16歳に初めて旅に出た東北一周の跡を辿り、デビューしたての頃に過去の文豪に憧れて逗留した伊豆を訪ね、過去を振り返りながら、時間を気にしないで、自由気ままな旅の楽しみを堪能させてくれる。これまでのノンフィクションは、本人が登場しても中心は他人だったが、本著は自分自身について語っている。寝る前の読書に最適です。

2022年12月8日木曜日

読書 美しき愚かものたちのタブロー 原田マハ

著者:原田マハ
出版:文春文庫

上野の国立西洋美術館を造るきっかけとなった「松方コレクション」にまつわる秘話。
本著の最後に「この物語は史実に基づくフィクションです」という断りがあるが、松方幸次郎のアドバイザーとして、タブロー(絵画)の買い付けに同行した主人公の「田代雄一」を除いて実名だそうだ。その「田代雄一」にもモデルが実在しており、後の日本を代表する美術史家の「矢代幸雄」その人である。

川崎造船所の社長であった松方幸次郎は、大正から昭和初期にかけて、私費を投じてイギリス・フランス・ドイツ等で膨大な美術品を収集したが、松方自身が昭和恐慌で、会社が倒産寸前に陥り、自身が会社の経営から身を引くことになる。そこへ第2次世界大戦が勃発して、ナチスがフランスを席巻し、それと共に松方コレクションの行方もわからなくなった。

松方コレクションは、戦後になりフランス政府に没収されていたことが分かる。
敗戦国となった日本は、フランスにとって敵国であったため、在仏の松方コレクションが、フランス政府に没収されたということだが、このコレクションは日本政府のものではなく、松方個人の所有物であるので、裏には貴重な名画をフランス国内から持ち出されることへの懸念があったと推測される。

田代雄一が、その返還交渉の代表として吉田茂から直々の申し入れを受けるところから物語が始まる。
前半は、田代が松方と一緒に絵画を買い求めた時の回想が中心で、印象派の巨匠モネをアトリエに直接訪ねて本人と交渉した事や、「ゴッホの寝室」の絵を見つけた時の感動などが伝わってくる。

物語の終盤になって、返還交渉でパリに来た田代が宿泊しているホテルへ、不意に一人のみすぼらしい老人が訪ねてきた。彼(日置釭三郎)は松方の命を受けて、松方コレクションを守るため、数奇な運命に翻弄されながらも、懸命に松方コレクションを守り抜いた男だったことが、次第に明らかになってく。
ヨーロッパ戦線でフランスが降伏し、フランスに進駐したナチスの手からどのようにして、そのコレクションが守られたかが、次第に明らかになるくだりは、まさにミステリータッチであり、スリリングである。日置は戦争や松方コレクションのために、その後の人生が大きく狂ってまでも、美術品を守り抜いたのだった。

一方、戦後の返還交渉は難航し、最終的にフランス政府は、松方コレクションの「返還」ではなく、日本への「寄贈」という名目のもとに、ゴッホやゴーギャン等の傑作と言われる名画の返還を認めなかった。だが田代は自分の思い入れが強かった「ゴッホの寝室」など数点に絞って、返還を強く求めたが、それも認められなかった。しかし松方が構想していた「共楽美術館」が、姿を変えて今日の国立西洋美術館の建設に繋がっていった。

これらの人々、つまり松方幸次郎、田代雄一(矢代幸雄)、吉田茂、そして美術品を守ることに後半生をかけた日置釭三郎がいなければ、我々が松方コレクションや国立西洋美術館を目にすることはなかったであろうことは容易に想像できる。
作者はこれらの美しきタブローに魅せられた愚か者たちに、最大のリスペクトを払い、「美しき愚か者たちのタブロー」というタイトルを冠した。

2022年12月3日土曜日

読書 完全読解 司馬遼太郎『坂の上の雲』 佐藤優・片山杜秀(対談)

著者:佐藤優・片山杜秀(対談)
出版:文藝春秋(単行本)

司馬遼太郎の「坂の上の雲」は、私の一番好きな本の一つです。(もっとも読んだのは大昔ですが・・・)
その本を月刊文藝春秋で、佐藤優と片山杜秀の対談で取り上げていたものが出版されたので、どんな対談か楽しみにして手にした次第です。

この「坂の上・・・」は筆者(司馬遼太郎)が、第4巻のあとがきで「この作品は、小説であるかどうか、じつに疑わしい」述べているように、通常の小説ではない。

通常の長編小説の延長線上で見れば、構成上の破綻があるし、その点では失敗作といえるかもしれないが、司馬の作品の中では「竜馬がゆく」に次いで人気が高く、累計で2000万部近く売れています。
何故かと言えば、読んだ人なら分かりますが、小説にグイグイと引き込まれて、のめり込んで行きます。司馬の筆力の賜物です。

また一方で、この本は司馬の作品の中でも一番物議を醸している小説です。本文の中で「乃木将軍」を愚将と痛烈に批判したことで、保守論客であった福田恒存から猛烈な批判を浴びたり、更に戦後歴史学の主流であった「講座派マルクス主義」と明治時代の認識に差があることで批判を浴びています。
近年は、前述のマルクス主義の戦後歴史学に批判的であった「自由主義史観」の言論人が、司馬作品、中でも「坂の上・・・」を「国民の正史」として見だしたことも論争が大きくなった原因のようです。
司馬とは関係のない所で、作者の意図しない方向へ進んでいるのは、読者として違和感を覚える次第です。

さて本題に入ります。構成は、以下の通りです。
序  章:今なぜ「坂の上の雲」を読み直すのか
第1章:乃木希典と東郷平八郎
第2章:夏目漱石と正岡子規
第3章:明石元次郎と広瀬武夫
第4章:日清・日露戦争と朝鮮半島

本著を読み終えた全体的な感じは、佐藤優の得意な「インテリジェンス」の分野に話が傾きがちで、「坂の上・・・」から外れた論点が多いように感じました。
まあ、佐藤優が登場してくれば、そちらに話が行くのは、出版社の思惑通りなのかも知れませんが・・・。

個別には、佐藤優が「日露戦争の白兵突撃はその後のヨーロッパでは模範とされ、第一次世界大戦の肉弾戦に繋がった」と述べているのは、大きな誤りで、彼はインテリジェンスの専門家であるが、戦史は門外漢というのが分かった。
この分野の専門家である永井陽之助によれば、「日露戦争には欧米諸国から多くの観戦武官が派遣されたが、その報告書は、敗戦国ロシアの後の赤軍とドイツ参謀本部を除いては、大半は本国では、無視され紙屑として捨てられた」
何故なら「極東の『猿』の戦闘などなんの参考になるかと、当代一流をもって任じていた戦略家たちは、頭からバカにしていた」そうです。
ただドイツ参謀本部は膨大な資料を作成し真剣に検討したが「将来の大規模な欧州戦争について結論を引き出すには、冒険に過ぎる」と結論づけた。
203高地は巨大なコンクリートに覆われ、周囲は遮蔽物もなく鉄条網に囲われた城塞であった。さらに最新式の機関銃や多くの砲弾が飛び交う修羅場と化し、世界最初の大規模な近代戦が行われた戦場であった。
これらの欧米各国の日露戦争(特に203高地の死者の多さ)を観戦した結果が反映されることなく、第一次世界大戦への悲惨さに繋がって行く。
この場面で、司馬は乃木への批判とは別に、乃木が傷つかないように密かに指揮権を取り上げ、日本軍の窮地を救った天才戦術家の児玉源太郎を描きたかったのだと思う。

一方、佐藤優が「坂の上・・・」は、ロシアの日本専門家の必読書というのは驚いた。
理由は、日本における「反露感情」がどのようにして醸成されているかを知るための材料だというが、これにも違和感を抱いた。「坂の上・・・」では、反露感情を醸し出すのとは反対に、日露戦争は南下するロシアに対しての祖国防衛戦争とは言っているが、個々にはロシア軍の司令官のクロパトキンに、好意的な見方をしているように、反露感情を醸成するような本ではないと思う。

本著は、全体的に、「坂の上・・・」の主題については違和感を抱く場面が多々あるが、むしろ本論から外れたところで面白かった。

2022年11月19日土曜日

読書 司馬遼太郎の時代-歴史と大衆教養主義 (福間良明)

           本質を外した司馬遼太郎論???


著者:福間良明
出版:中公新書

司馬遼太郎は1923年(大正12年)生まれなので、来年2023年は生誕100年になる。恐らく多くの特集や司馬遼太郎論の本が出るのではないかと思います。それはそれで司馬ファンにとっては歓迎すべきことで、楽しみにしています。

本書はそれの先駆けとして出版されたようです。
著者の論点には納得する点もあるが、それ以上に違和感を抱いた。
著者の論点を纏めると、以下のようなことだと思う。

<学歴・職歴>

司馬は旧大阪帝大を落ち、大阪外国語学校(現大阪大学外国語学部)へ。また、戦争により繰り上げ卒業で学徒出陣し、戦車隊に配属、復員後は、「朝日・毎日新聞」と言った一流紙でなく、新興新聞社に入社し、その後産経新聞へ移っている。つまり、著者は、司馬の学歴・職歴ともに「二流かつ傍流」ということが、エリートへの不信。つまりエリートが振りかざす「正しさ」や「イデオロギー」への嫌悪感へと繋がっていると言う。
ただ、会社勤めの経験もなく、いきなり学徒出陣で軍隊へ入った人は、復員した当時の混乱期に、一流会社に就職できないのは普通のことだと私は思うのだが、著者にはそういう観点は欠落しているというか、何が何でも「二流かつ傍流でエリートではない」ということを力説したいようで、執拗に繰り返し書いている。

<人々が何故司馬作品を手にしたのか>

司馬の作品が書かれたのは、高度成長期の中盤であり、生活水準の向上する実感があり、今後の経済的な進展を期待できる時代状況に通じるものがあったと著者は言う。
著者はマスメディアを専門としているため、高度成長期の社会状況や教養主義のブームにかなりのページを割いている。
だが実際に司馬作品が売れ出したのは、この高度成長期が終わりかけた1970年代以降なのである。その理由として著者は、前述のかなりのページを割いた話をあっさりと捨て去り、文庫本が一般化した時代になり、書店の棚に常時並べられるようになり、読者が手にしやすくなった。また司馬作品は、サラリーマンの通勤途上に読む「気楽なコマ切れ読書」に適していたという。
こんな説明だけで司馬作品が累計1億冊も売れるなら、他の作家の本も同じように売れるという理屈になってくる。他の作家の本は通勤途上ではなく、机の前で一気に読破したとは思えないが???

著者は経歴や社会状況だけで、司馬遼太郎を論じようとしている。確かにそういう面からのアプローチも必要だが、著者に完全に欠落しているのは、司馬作品の面白さや魅力を理解していないという点ではないかと思う。面白く感じるとか、魅力を感じなければ誰も本など読まない。
本著の中で、「小説でも史伝でもなく、単なる書きものに過ぎない司馬作品」という表現が出てくる。こういう表現が出てくるというのは、著者は司馬自身が、どのような小説を書こうとしていたかを全く理解していない。
講談社倶楽部賞を受賞した直後に司馬は以下のようなことを書いている。
「私は、奇妙な小説の修行法をとりました。小説を書くのではなく、しゃべくりまわるのです。小説という形態を、私のおなかのなかで説話の原型にまで還元してみたかったのです。その説話の一つを珍しく文学にしてみました。ところがさる友人が一読して『君の話の方が面白ぇや』、これは痛烈な酷評でした。となると私はまず、私の小説を、私の話にまで近づけるために、うんと努力しなければなりません」
司馬が目指したのは、こういう形態の読み物であり、従来の小説の観念からみれば、小説ではない読み物なのである。

これに関しては、劇作家であり評論家の山崎正和は司馬をよく理解していたようである。山崎は五百旗頭真との対談で「彼(司馬)の小説をお読みになればわかるんですが、晩年になるとますます座談調になっていく。そして語っている司馬遼太郎の語り口、同時に司馬遼太郎の肉体の存在感というものが見えてくるような言葉で語る」

また、司馬の最後になるエッセイである「草原の記」について「いろんな意味で、私は司馬文学を凝縮したような作品だと思うんです。まず座談調というものが徹底的になっている。したがってあなた(五百旗頭)がおっしゃったように、小説だか随筆だかわからないところへ入ってしまう。しかし司馬さんに言わせたら、逆説的無常観なんて、書いてしまったらそれまでだというところがあったかもしれない」「私(山崎)の言い方による逆説的無常観を、彼(司馬)が正面から書いた小説を読みたかった。『草原の記』には、その片鱗が現れている」

山崎正和に本格的な司馬遼太郎論を書いて欲しかった。

<司馬史観および歴史的事実>

また本書の最後の方に司馬史観のことや、歴史学者にやっと認められて司馬は一流になったという記述があるが、これについても「司馬史観」なるものを問われた時に、司馬は「私は歴史学者ではなく、小説家だ」と述べている。つまりフィクションや創造力がなくなれば、小説は面白くも何ともないということであろう。読者が司馬作品を読んで、それが歴史的事実だと思ってしまうのは、作家の力量の問題で、司馬の小説に歴史的事実を求めても何の意味も持たないということであろう。

2022年11月17日木曜日

読書 河のほとりで 葉室麟

著者:葉室麟
出版:文春文庫

葉室麟の「柚子は九年で」の次に出された2冊目の随筆集。

「源実朝」という項があった。著者は「近頃実朝が気になっている」と書いているので、著者の「実朝の首」を執筆する直前に書かれたものだろう。また2022年のNHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」も11月は実朝を軸に展開している。次の日曜日には実朝は、甥の「公暁」に殺される場面になるのかも知れない。

著者によると、実朝に魅かれた文学者が多いという。なるほど「吉本隆明」「太宰治」「小林秀雄」が、「実朝」に関する評論を書いている。
太宰は「アカルサハ、ホロビノ姿デアロウカ、人モ家モ、暗イウチハマダ滅亡セヌ」と。書かれたのは昭和17年。小林も戦時中に書いている。
戦時中の不思議な明るさに秘められた滅びの予感のようなものを文学者は感じたのであろうか。

最終章の「日々雑感」の「健康への出発」には、京都に仕事場を構えたが、一人暮らしで弁当ばかり食べているので、太って体調を崩した。「体調管理をして、なすべき仕事をしよう」と書いている。亡くなる5ケ月前に書いているのが、かえって切ない。

2022年11月15日火曜日

読書 利休の死ー戦国時代小説集(井上靖)

著者:井上靖
出版:中公文庫

「桶狭間」~「利休の死」までの約30年間の戦国時代をテーマにした短編集。
井上靖の本は、かなり以前に僅かだか何冊か読んだ記憶があるがはっきりしない。
今回久々に読んで、無駄がなく凝縮したその格調高い文体に魅せられた。
私の読書の狭い範囲での作家の文体のイメージがあるが、そのどれとも違う。
さすがにノーベル賞候補にもなったのもうなずける。
短編集なので、個々の感想は省略します。
 
以下、私の感じた自分流の勝手な作家の文体のイメージです。

司馬遼太郎:平明で分かりやすく、明るい雰囲気を醸し出す。分からないことでも分かった気分にさせられる。希代のストーリーテラーで、話術のような文体で人を酔わせる。

大江健三郎:かなり難解な書き方で、わざと分かりにくく書いているようにも思える。英語の関係代名詞の多い長文を翻訳したような文章に出会ったこともある。若いときならいざ知らず、今はこの作家の本は読めない。

開高健:型にはまった言い方を意識的に避けており、推敲に推敲を重ね、厖大な語彙とめくるめくばかりに多彩な比喩を駆使して、豊饒な文体に置き換えた文章。

江藤淳:作家ではないが、歯切れの良い江戸っ子風の文体は、さすがに評論家と頷かせる。ただ鋭すぎる面は否めない。

また、藤沢周平や葉室麟は、全体を通して人間としての温かみを感じさせる雰囲気を持っている・・・等々。