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2022年4月18日月曜日

読書 『細雪』とその時代 川本三郎

                      『細雪』とその時代


著者:川本三郎
出版:中央公論社

「細雪」は昭和11年11月から昭和16年4月までの約5年間の物語である。当時既にモダンな都会であった神戸・芦屋等を舞台にした女たちの物語であり、戦争のことは避けて書いてあるが、背景には戦争が忍び寄ってくる気配が感じられ、そこには姉妹たちの本家がある船場の老舗・蒔岡家の没落と重複させている。

著者は「文芸評論の楽しさとは、大きな論を語るより、細かい註をつけてゆくことにある」と、本書の細かな時代背景の描写や注釈を見るにつけ、楽しく書きあげたようだ。

当時大阪は、大工業都市「東洋のマンチェスター」と呼ばれるようになったのに引き換え、空気が汚れ住環境に適さなくなってきた。それに合わせて職住分離が進み、蒔岡家の次女の幸子と貞之助夫妻も芦屋に住んでいる。そこに三女の雪子と四女の妙子が居候をし、女たちの園と化す。
そして彼女たちが出かけていく神戸の街が鮮やかに描かれている。注釈の中でも私事になるが神戸に縁がある関係、その記述に注意がひかれる。
国際的な港町神戸は、舶来品が入ってくるハイカラの街で、トアロードや南京町はエキゾチズムをかきたてる。
三女雪子の見合いの場所は、当時最もモダンなオリエンタルホテルであり、そしてこの街にはドイツ人やロシア革命で亡命してきたロシア人等外国人が多く住み、芸術サロンや新しい店がオープンした。今も残っている「ユーハイム」「フロインド・リーブ」「ゴンチャロフ製菓」「モロゾフ」等々。また日本人経営だが谷崎が命名したステーキの「ハイウェイ」(この店は阪神淡路大震災で被災して廃業。ここのステーキは最高に美味であった)

「細雪」の第1回と2回は、昭和18年の中央公論に掲載されたが、その後は時局に相応しくないとして陸軍省から発表停止処分にされている。谷崎はその後も弾圧に屈することなく戦時下も密かに執筆を続けた。失われてゆく良き時代の白鳥の歌として書いておきたいとの谷崎の気迫が、この小説を美しく豊かなものにしていると著者はいう。

細雪は何度か映画化やTVドラマ化されているが、私は市川崑監督の「細雪」(出演:岸恵子・佐久間良子・吉永小百合・古手川祐子)がことのほか気に入っている。この映画を見ると、日本の美の極致が描かれていると感じる。

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