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2023年10月26日木曜日

写真 錦平(山形県)雪と紅葉の絶景

 


10月22日、前夜から未明にかけてのの寒冷前線の通過により、ここ山形県の錦平では、三段紅葉が見られました。
錦平は、西吾妻山(2035m)の西斜面に広がり、全国的には有名ではないようですが、地元及びマニアには知られた紅葉の名所です。
以下、写真をご覧下さい。


錦平へ向かう西吾妻スカイバレーの景色
まだ寒冷前線の名残りがあるようです。
谷から湧きおこる雪雲によってできる霧氷が見られます。














錦平に到着しました。
以下、雪と紅葉の絶景をご覧下さい。








2023年10月6日金曜日

読書 翔ぶが如くー全10巻(司馬遼太郎)

            薩摩隼人の滅びへの鎮塊歌「明治版・平家物語」


著者:司馬遼太郎
出版:文春文庫

司馬遼太郎の書いたものは、かなり読んできましたが、その中で本書は読み残した本のひとつでした。

理由は、一般には失敗作と言われたりして、何となく避けていたのと、また全10巻という膨大な量を、若い時ならいざしらず、現在では読み切る気力も残っていないのではという気持ちもあり、読みそびれていました。

10冊を読み終えて感じたのは、この本は世評言われている「西郷と大久保の対立」を描いたというより、薩摩士族あるいは、それ以前の鎌倉期から起こった武士の滅亡してゆく姿を描いた「明治版・平家物語」だという印象です。
 
明治政府が成立して、まもないこの時代の空気というものは、われわれには感じとることは出来ない。この小説は、その時代の空気を現代に甦らせようと試みているかのように、この時代の出来事を詳細に描いていく。
これは、もはや小説ではなく、この時代のドキュメントであり、歴史書といえるかもしれない。
従来の小説をイメージしていた人は、面食らったと思います。そういう意味では「竜馬がゆく」や「燃えよ剣」の主人公が溢れ出る情熱で時代にたち向かってゆく小説とは一線を画しています。
著者の小説は「坂の上の雲」あたりから、(それまでも歴史を詳細に調べていたが)より緻密に史実を積み重ねて書く傾向が顕著になり、本著ではそれが徹底して、実に詳細な出来事までこまごまと記載しています。そういう意味で、冗長な部分も一部あり、不評が出るのかも知れません。
 
この本に描かれている時期(明治6年~明治10年)は、新政府が成立はしたものの、その基盤もあやふやで、不満が横溢し、日本の舵取りも定まっていない時期で、そこに西郷隆盛らが主張する「征韓論」と、帰国組の大久保らの「反征韓論」が激突し、やがては、西南戦争へ連なってゆく時代を描いています。
 
現代から見れば、「征韓論」という、この時代にそぐわない議論が出てきたのかは理解ができませんが、著者は丁寧にその原因を描いていきます。
この時期、政府は、矢継ぎ早に「廃藩置県」「秩禄処分」「廃刀令」「断髪令」で、武士の特権、あるいはプライドまでを一切切り捨てた。更に戊辰戦争を戦った膨大な数の武士たちも戦争が終わると、そのまま帰郷させられ、上記の改革で、いわば失業者と化した。
そのような中で、特に討幕派であった「薩長土肥」では、彼らのごく一部の官に仕えた者だけが、維新の果実を貪っていることが、より彼らの不満を募らせた。

 
一方政府は「徴兵制」「地租改正」も打ち出し、こちらは、農民に対して、これまで兵役とは無縁であったのが、新たな負荷になり、租税はこれまで米を上納していたものが、金銭での徴収となり、農民への混乱を起こし、また日本の近代化(工業化や鉄道等インフラ建設)のために重税になり、「血税一揆」まで起こっていた。
このような社会情勢のなかで、旧武士団にも農民にも、政府に対する不満が充満し、一触即発の状態にあったのが、この時代の空気のようである。
そして、佐賀の乱で始まった反乱が、秋月の乱、萩の乱、神風連の乱と続き、最後の西南戦争で、日本最強と言われた薩摩士族が、庶民から募った政府軍に完膚なきまでに敗北した。そういう意味で、この時に明治維新は名実ともに武士の世から新しい時代に切り替わったと言えるのかもしれない。
 
本書では、西南戦争の「田原坂の戦い」や最後の「城山の戦い」は、司馬遼太郎の得意の(悲愴ではあるが)躍動感を持って描かれる。
そして最後の章の「紀尾井坂」では、一人孤独に新国家の建設を目指した大久保利通の最後に涙を誘われる。
 
本書の解説者は、「司馬遼太郎は、いつも史料を学びながら、またそれをもとに考えながら小説を書いた。研究と執筆は同時進行であった。読者もまた、司馬遼太郎の発見と思考の過程を追うことを読書のたのしみとした」と書いている。
本著は、昭和47年(1972年)から4年半に渡り新聞連載された。この時の読者は、どのような歓びを持って新聞小説を読んだのか、そのチャンスを逃した
のが、残念な気がします。

※追記
上記で本書は「歴史書といえるかもしれない」と書きましたが、若干の修正をします。
司馬ファンなら周知のことですが、司馬は学徒出陣し、22歳で戦車兵として敗戦を迎えます。その時「どうして日本人はこんなに馬鹿になったんだろう」と思い、過去の日本を見つめ直し、自身の作品を「22歳の自分への手紙」だと述べています。

そうした作品群の中で、歴史上の人物の資料を当たる過程で、当然のことながら好悪がでてきます。例えば乃木希典は、日露戦争の203高地を攻めるのに、無益な肉弾攻撃を繰り返し膨大な死者を出しています。合理主義を好む司馬にしてみれば、教養人ではあるが、軍人としての才能がない乃木に対しては批判的です(坂の上の雲)。本書の西南戦争の田原坂の戦いで、乃木軍は薩摩軍に蹴散らかされただけでなく軍旗まで奪われます。そういった描写も手厳しく描かれています。
また、明治維新後の国家目標のプランを具体的に持っていたのは、大久保利通と江藤新平だけで、倒幕にはあらゆる知恵を絞った西郷は、維新の象徴ではあったが、維新後は別人のごとく国家建設のプランを描くことのできない虚像として描いています。
また山形有朋も有能な官吏ではあるが、後の昭和の陸軍を作った元凶であることから、冷たくあしらっています。
歴史書は、人物の好悪を盛り込みませんが、本書はやはり「小説」なので、作家の好悪は如実に表現されるようです。
以上、余談です。

2023年10月2日月曜日

写真 彼岸花・変わり種編

        過酷な条件下に咲く彼岸花


撮影:2023年9月29日~10月1日
場所:彩の国・元荒川堤防

すくっと上に伸びた赤い直線。
突然変異の珍品種???

花びらの下には、枯葉の隙間から蕾が顔を覗かせています。

上の写真をもう少し引いてみました。
これで全体像がお分かりいただけると思います。
彼岸花の上に落ち葉が2枚被さり、それを突き破って花が咲いたようです。
こちらも落ち葉に邪魔をされて、蕾がひん曲がっています。
枯葉の破れた箇所から、花びらが飛び出しています。
おでんの具の「巾着」???
しっかりと蔓で具を包んでいます。
遮眼帯をかけた馬のように見えませんか?

鼻と目があり、右上には、蕾が耳のように飛び出しています。
蔓の手綱もあります。
こちらはよく見かける風景です。
下の口からは、舌が出ています。
ああ! 無残やな!
がんじがらめに縛られて、朽ちて行く彼岸花

2023年10月1日日曜日

写真 彩の国・彼岸花(つるとのコラボ)

    彼岸花と蔓(つる)のコラボレーションをご覧下さい


撮  影:9月29日
撮影場所:彩の国 元荒川堤














2023年9月20日水曜日

映画 「こんにちわ、母さん」山田洋次監督

タイトル:「こんにちは、母さん」
監  督:山田洋次
主  演:吉永小百合、大泉洋

観終わった後には、ほっこりとした気持ちが残り、最高に良い映画です。
「山田ワールド」にはまり込んで、何度か思わず涙が出てしまいまいました。
(ストーリーは省略します。全体を読んでいただければ、何となく流れが分かると思います)



★この映画を観て「男はつらいよ」を思い出しました。

<山田監督の得意とするありふれた日常生活>
「山田ワールド」という、ありふれた日常を描いたワンパターン的なストーリーの中にいろんなものを、丁寧に詰め込んでいく山田洋次監督らしさが伺えます。

<寅さん>
寅さんに当たるのが吉永小百合。最後は寅さんと同じように失恋します。
if・・・山田監督は92歳なので、続編は期待できませんが、仮に続編ができたら、吉永小百合は、寺尾聰を追っかけて北海道へ行く物語になるかも知れません。その時は「男はつらいよ」ではなく「幸せの黄色いハンカチ」かな。

<寅さん気質(かたぎ)>
大泉洋が、大企業の部長の座を投げ出し、リストラされる友人(宮藤官九郎)を救うなんて、実際はありえない話ですが、まさに「寅さん」的な気持ちが伝わってきます。
また、宮藤官九郎も、リストラされるうだつの上がらないサラリーマンとしては、はまり役でした。

 <日本の原風景>
「日本の懐かしい風景」を映画の中に取り込む手法です。
「男はつらいよ」シリーズでは、途中から懐かしい(あるいは残したい)日本の風景というものを、映画の中に取り込んでいきます。
京都・伊根の風景や、九州・日田の風景は印象的でした。

隅田川や吉永小百合の家の周辺では、(そこに住んだこともないけれど)何となく懐かしい下町の雰囲気が、醸し出されています。
家に鍵を掛けないので、近所の人が勝手に入ってくる場面は、子供の頃の家のことを思い出してしまいます。(私が子供の頃はどこの家もこんな感じでした)
隅田川の花火は、長岡の花火等と比較すると、スケール的にはそれほどでもないと思うのですが、吉永小百合が、向かいの家の屋根越しに見る花火の場面は、情緒的な光景だなあと思ってしまいました。

<異質な存在:田中泯≒笠智衆
ボランティアでホームレスに食料を配布にきた吉永小百合と寺尾聰が立ち去った後で、田中泯の顔がアップされて「あいつら出来てやがる」というドスの効いた顔と声が効果的で、物語全体の中での二人の関係を暗示しています。
また、ボロ自転車に空き缶を山のように積んで、よろけながら自転車に乗っている場面や、言問橋の上での東京大空襲を思い出して暴れるシーンでは、凄い迫力です。
田中泯は、この映画の中で「異質」さを醸し出しています。
誰かが「男はつらいよ」での笠智衆を評して「異質的な存在」だと言っていたのを思いだしました。役柄というか役の雰囲気は真逆ですが、笠智衆に相当する存在として田中泯は、この映画で異質な存在として光を放っています。

(余談)山田洋次監督の時代劇三部作(武士の一分・隠し剣 鬼の爪・たそがれ清兵衛』)の、『たそがれ清兵衛』で、主人公の真田広之が、「上意討ち」をする相手役として、田中泯が登場します。
「上意打ち」に怯むことなく、酒に溺れて荒んだ侍というものを、凄まじいまでの迫力で演じていたのには驚きました。
田中泯は、器用な俳優?(本職はダンサー)ではないので、平凡な役では下手くそな演技ですが、役がハマると凄い迫力の演技をします。
山田監督はきっとこのホームレスの役に使いたかったのでしょう。

★その他雑感
<青春の思い出>
大泉洋が、実家の押入れから高校時代に夢中になったカセットデッキを探し出してきて「涙のキッス」を歌う場面は、この場面の挿入の仕方がうまいのと、大泉の歌も良かったです。

以上、ダラダラとした感想で、お時間を取らせました。
ただ、中高年の世代には、受けると思いますが、若い人にはどうでしょうね。
若い世代には、この映画の良さが、分からないのではないかと懸念されます。

2023年8月20日日曜日

写真 彩の国・伊奈の花火

     遠くで花火の音を聞きながら


8月19日(土)の伊奈町での花火大会です。
会場周辺には、車で近寄れないので、離れた場所から、木立越しに少し音のずれた花火を見ました。
ローカルな花火大会なので、打ち上げ花火数も3000発と小ぶりなものです。

花火の撮影はほとんど経験がないので、試行錯誤での撮影でした。
打ち上げ場所が一カ所なので、比較明合成撮影やバルブ撮影だと、花火がやたら重なるので、すぐに断念し、単純な「Sモード」での撮影に切り替えました。
これで秒数を調整することで、花火の重なりを適度に抑えることができました。

遠くで音のずれた花火を見ていますと、少し寂しい花火に見え、「遠くで花火の音を聞きながら」というタイトルをつけました。
このタイトルは、アリスの「遠くで汽笛を聞きながら」からの借り物です。

「遠くで汽笛を聞きながら」
悩みつづけた日々が
まるで嘘のように
忘れられる時が
来るまで心を閉じたまま
暮らしてゆこう
遠くで汽笛を聞きながら  
何もいいことがなかったこの街で・・・
























2023年8月13日日曜日

読書 ライカと歩く京都(小山薫堂)

       歩いて撮るカメラの魅力が満載


著者:小山薫堂
出版:PHP研究所

映画「おくりびと」の脚本家でもあり、放送作家の著者と、バーチャルな写真家アレックス・ムートンの二人が、ライカ(M3・M7・M9-P)を持って歩いた京都の魅力を紹介してくれます。

今どき、ライカが優れたカメラだとは思いませんが、カメラ好きにとっては、かつての銀幕の大スターのような存在なのかも知れません。

話が変わって、かつてNHK・BSで放送された「京都人の密かな愉しみ」という番組がありました。(今はNHKオンデマンドで見ることができます)
内容は、京都の伝統行事とそれに絡むオムニバスドラマで構成されており、観光では見えにくい京都の生活文化を地元民の視線から描いています。

丁度、この番組のイメージに合うのがこの本で、カメラを持って歩くと、見えてくる京都がそこにありそうです。
今度京都に行ったら、この本に掲載されている場所へ足を運びたいと思います。
さしずめ、カバーにある「行者橋」かな・・・(舞子さんが居るとは思いませんが)

※以下は、かつて私が哲学の道近くで立ち寄った喫茶店での写真です。
ここのオーナーは、この写真からすると、大のカメラ好きのようです。