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2023年10月6日金曜日

読書 翔ぶが如くー全10巻(司馬遼太郎)

            薩摩隼人の滅びへの鎮塊歌「明治版・平家物語」


著者:司馬遼太郎
出版:文春文庫

司馬遼太郎の書いたものは、かなり読んできましたが、その中で本書は読み残した本のひとつでした。

理由は、一般には失敗作と言われたりして、何となく避けていたのと、また全10巻という膨大な量を、若い時ならいざしらず、現在では読み切る気力も残っていないのではという気持ちもあり、読みそびれていました。

10冊を読み終えて感じたのは、この本は世評言われている「西郷と大久保の対立」を描いたというより、薩摩士族あるいは、それ以前の鎌倉期から起こった武士の滅亡してゆく姿を描いた「明治版・平家物語」だという印象です。
 
明治政府が成立して、まもないこの時代の空気というものは、われわれには感じとることは出来ない。この小説は、その時代の空気を現代に甦らせようと試みているかのように、この時代の出来事を詳細に描いていく。
これは、もはや小説ではなく、この時代のドキュメントであり、歴史書といえるかもしれない。
従来の小説をイメージしていた人は、面食らったと思います。そういう意味では「竜馬がゆく」や「燃えよ剣」の主人公が溢れ出る情熱で時代にたち向かってゆく小説とは一線を画しています。
著者の小説は「坂の上の雲」あたりから、(それまでも歴史を詳細に調べていたが)より緻密に史実を積み重ねて書く傾向が顕著になり、本著ではそれが徹底して、実に詳細な出来事までこまごまと記載しています。そういう意味で、冗長な部分も一部あり、不評が出るのかも知れません。
 
この本に描かれている時期(明治6年~明治10年)は、新政府が成立はしたものの、その基盤もあやふやで、不満が横溢し、日本の舵取りも定まっていない時期で、そこに西郷隆盛らが主張する「征韓論」と、帰国組の大久保らの「反征韓論」が激突し、やがては、西南戦争へ連なってゆく時代を描いています。
 
現代から見れば、「征韓論」という、この時代にそぐわない議論が出てきたのかは理解ができませんが、著者は丁寧にその原因を描いていきます。
この時期、政府は、矢継ぎ早に「廃藩置県」「秩禄処分」「廃刀令」「断髪令」で、武士の特権、あるいはプライドまでを一切切り捨てた。更に戊辰戦争を戦った膨大な数の武士たちも戦争が終わると、そのまま帰郷させられ、上記の改革で、いわば失業者と化した。
そのような中で、特に討幕派であった「薩長土肥」では、彼らのごく一部の官に仕えた者だけが、維新の果実を貪っていることが、より彼らの不満を募らせた。

 
一方政府は「徴兵制」「地租改正」も打ち出し、こちらは、農民に対して、これまで兵役とは無縁であったのが、新たな負荷になり、租税はこれまで米を上納していたものが、金銭での徴収となり、農民への混乱を起こし、また日本の近代化(工業化や鉄道等インフラ建設)のために重税になり、「血税一揆」まで起こっていた。
このような社会情勢のなかで、旧武士団にも農民にも、政府に対する不満が充満し、一触即発の状態にあったのが、この時代の空気のようである。
そして、佐賀の乱で始まった反乱が、秋月の乱、萩の乱、神風連の乱と続き、最後の西南戦争で、日本最強と言われた薩摩士族が、庶民から募った政府軍に完膚なきまでに敗北した。そういう意味で、この時に明治維新は名実ともに武士の世から新しい時代に切り替わったと言えるのかもしれない。
 
本書では、西南戦争の「田原坂の戦い」や最後の「城山の戦い」は、司馬遼太郎の得意の(悲愴ではあるが)躍動感を持って描かれる。
そして最後の章の「紀尾井坂」では、一人孤独に新国家の建設を目指した大久保利通の最後に涙を誘われる。
 
本書の解説者は、「司馬遼太郎は、いつも史料を学びながら、またそれをもとに考えながら小説を書いた。研究と執筆は同時進行であった。読者もまた、司馬遼太郎の発見と思考の過程を追うことを読書のたのしみとした」と書いている。
本著は、昭和47年(1972年)から4年半に渡り新聞連載された。この時の読者は、どのような歓びを持って新聞小説を読んだのか、そのチャンスを逃した
のが、残念な気がします。

※追記
上記で本書は「歴史書といえるかもしれない」と書きましたが、若干の修正をします。
司馬ファンなら周知のことですが、司馬は学徒出陣し、22歳で戦車兵として敗戦を迎えます。その時「どうして日本人はこんなに馬鹿になったんだろう」と思い、過去の日本を見つめ直し、自身の作品を「22歳の自分への手紙」だと述べています。

そうした作品群の中で、歴史上の人物の資料を当たる過程で、当然のことながら好悪がでてきます。例えば乃木希典は、日露戦争の203高地を攻めるのに、無益な肉弾攻撃を繰り返し膨大な死者を出しています。合理主義を好む司馬にしてみれば、教養人ではあるが、軍人としての才能がない乃木に対しては批判的です(坂の上の雲)。本書の西南戦争の田原坂の戦いで、乃木軍は薩摩軍に蹴散らかされただけでなく軍旗まで奪われます。そういった描写も手厳しく描かれています。
また、明治維新後の国家目標のプランを具体的に持っていたのは、大久保利通と江藤新平だけで、倒幕にはあらゆる知恵を絞った西郷は、維新の象徴ではあったが、維新後は別人のごとく国家建設のプランを描くことのできない虚像として描いています。
また山形有朋も有能な官吏ではあるが、後の昭和の陸軍を作った元凶であることから、冷たくあしらっています。
歴史書は、人物の好悪を盛り込みませんが、本書はやはり「小説」なので、作家の好悪は如実に表現されるようです。
以上、余談です。

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