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2023年2月6日月曜日

写真 冬の美ケ原②(雲海)

      360度の雲海の上に百名山


2034mの王ケ頭からは、日本百名山の内、41座が見えるらしいのですが、この朝確認できたのは20座でした。もっとも私が見分けられなかっただけかも知れません。
日の出のドラマと雲海に浮かぶ百名山を堪能して下さい。




日の出の撮影の後、反対側(北西側)へ急いで行きましたが、モルゲンロートは既に終っていました。残念!!!😂

雲海の奥に見える後方の山は、白馬三山。






ホテルの窓からの眺め(左から蓼科山・八ケ岳・富士山・南アルプス・中央アルプス)




浅間山と外輪山




南アルプス(左から、鳳凰三山・甲斐駒ケ岳・北岳・間ノ岳・仙丈ヶ岳)



左から、穂高岳・槍ケ岳・常念岳


左から、鹿島槍ケ岳・五竜岳・・・わずかにピンク色が残っていました。

白馬三山(白馬鑓ケ岳・杓子岳・白馬岳)



写真 冬の美ケ原①(霜の華)

       美ケ原・王ケ頭の「霜の華」


もうすぐ立春というのに、この日の最低気温はマイナス13度
ヤッター!!!😄💥👍・・窓にはびっしりと「霜の華」が張り付いている~😍
気温が相当下がらないと霜の華は出来ないそうだが、運よく霜の華を見ることが出来ました。

朝陽と共に「霜の華」が黄金色に輝く。
外には雲海が見えます。







2023年1月28日土曜日

読書 文学のレッスン 丸谷才一

 

   全然歯がたたない


著者:丸谷才一(インタビューア:湯川豊)
出版:新潮選書

丸谷才一(以下丸谷)の最晩年に行われたインタビュー形式での著作。この頃病気がちで入退院を繰り返していた時期に行われたようだ。
内容を簡単に記すと以下のようになる。
「短編小説」なぜアメリカで発展したのか 
「長編小説」なぜイギリスで発展したのか
「伝記・自伝」なぜイギリスで繁栄したか 
「歴史」歴史は文学とどのようにかかわっているのか 
「批評」批評にとって最も大事なことは何か 
「エッセイ」エッセイという形式はどのようにして生まれたのか 
「戯曲」芝居には色気が大事だ 
「詩」詩こそ文芸の中心・・・と文学全般に渡る、謂わば「文学総合講座」のようなものである。

内容は、インタビュー形式なので、読みやすいが、だからと言って理解しやすい訳ではない。奥行きが深く、丸谷は元々英文学専攻なので、例示するのも、イギリスやヨーロッパの話が多くなる。私にバックグラウンドがないので、そういう箇所になると、全く理解できないというかギブアップ。
例えば、長編小説で「プルーストとジョイスがじっくり読まれた結果・・・ガルシア・マルケスもナボコフもボルヘスも新しい小説を書いた」とか、戯曲では「バロック演劇」等々の言葉が出てくると、チンプンカンプンである。
ただ驚くのは、インタビュアーである「湯川豊」が、丸谷に負けず劣らず教養が深く、インタビューを巧く誘導している。丸谷がこのインビューアー(湯川豊)を「年少気鋭の友人」と書いているが、彼は当時、文藝春秋社の取締役を経て、大学の教授であるから、丸谷との「対談形式」をとっても十分に読み物になったのではないかと思えるほどだ。

海外も含めて、文学全般に興味がある方には、面白いかも知れませんが、私には難し過ぎました。何故この本を買ったのだろう?

2023年1月23日月曜日

読書 三島由紀夫と司馬遼太郎・・・美しい日本をめぐる激突

     リアリストの司馬遼太郎vsロマン主義者の三島由紀夫


著者:松本健一
出版:新潮選書

三島由紀夫は純文学の旗手であり、ノーベル賞候補にもなる文壇の寵児であった。
一方の司馬遼太郎は後に国民作家と呼ばれるが、終生文壇とは距離を置き、大阪で執筆活動をしていた歴史小説家であった。
1970年11月25日に三島が自決するまでは、この二人の接点は殆どなかったと思われる。

その日三島は自衛隊市ヶ谷駐屯地に乱入し、「天皇陛下万歳!」と叫んで自決した。
この三島事件に対して、作家の文学の延長線上での自己表現として評価する雰囲気もあり、マスコミはどう対応すべきか、戸惑っていたようにも感じられた。あの小林秀夫でさえ、『この事件の象徴性とは、この文学者(三島)の自分だけが責任を背負い込んだ個性的な歴史的経験の創り出したものだ・・・(略)・・・そうでなければ、他人であり孤独でもある私を動かす力が、それに備わっているだろうか』と言っている。(「小林秀夫・江藤淳全対話」より)
その時、毎日新聞の編集部が動き、気乗りのしない司馬に三島事件についての感想を求め、翌26日朝刊の一面全面を費やして、その批評文「三島由紀夫への献辞と批判」が掲載された。
この批評文によって世の中での三島事件の評価が下されたように思う。
本書ではないが、当時「中央公論」の名編集長と言われた粕谷一希は、この記事を読んで「これは名文だ。司馬遼太郎が単に歴史作家を超えて、現実の日本の問題に対する指導的な言論を述べるリーダーへの転機となった一文である」と述べている。
ただ一般には、この二人の関係は、この25日から26日の間の一瞬の遭遇で終わったと思われていた。

著者は、それからさらに突っ込んで、リアリストであり戦後日本を是認していた司馬と、ロマン主義者かつ芸術至上主義で、戦後日本を否定していた三島の、それぞれの美学あるいは生き様を比較することで、二人にとっての「美しい日本」とは何であったかを論じている。

前述したように、それまで一瞬を除いて接点がないどころか全く真逆の価値観を有する二人を、細かく分析・比較することで、面白い評論が出来上がったと思う。

特に司馬の作家活動の後半生の代表作となった「街道をゆく」は、三島の「天皇陛下万歳!」自決直後からシリーズが始まっており、その膨大な紀行文の中で、著者は、「天皇の物語」がないことに気づく。敢えて避けているようであると。そういう目で見ると、司馬の代表作である「坂の上の雲」の日露戦争も「天皇の戦争」ではなく「国民の戦争」として描いていたことに気づく。司馬はそのシリーズで書いているのは、日本文化のモノづくり、例えば米づくりや砂鉄づくり、そして匠の物語である「美しい日本」であった。
そんな司馬もバブル期の日本に失望し、国を憂いていたことは周知の事実だ。

三島由紀夫も司馬遼太郎も高度成長期を経た日本が、経済至上主義に走り、ナショナル・アイデンティティ(日本らしさ)を喪失していることに強い危機感をいだいていた。そして彼ら二人は経済大国日本とは別の、もうひとつの日本を提示しようとしていたという。

接点のない二人の作家の違いを際立たせておいて、真逆な二人が、生涯の最後に、共に空虚な大国へ成長した戦後日本を憂えたという方向性を導き出したのは、コペルニクス的発想の転換で面白かった。

2023年1月5日木曜日

読書 飛び立つ季節 - 旅のつばくろ 沢木耕太郎

往年のバックパッカーの老後の旅立ち


著者:沢木耕太郎
出版:新潮社

沢木耕太郎の旅といえば、バックパッカーのバイブルとでも言える、海外を旅する「深夜特急」のイメージが強いが、本著は国内の紀行エッセイ。
著者のノンフィクションの作品群は硬質な文章を淡々と積み重ねていくイメージだったが、この作品には、それとは違って年齢と共に丸くなったような等身大の著者の姿が浮かびあがってくる。

目的地だけを定めて、後は成り行きに任せる旅のスタイルは、若い時と変わっていないようだ。そこには、偶然がもたらした出会いがあり、喜びがある。
16歳に初めて旅に出た東北一周の跡を辿り、デビューしたての頃に過去の文豪に憧れて逗留した伊豆を訪ね、過去を振り返りながら、時間を気にしないで、自由気ままな旅の楽しみを堪能させてくれる。これまでのノンフィクションは、本人が登場しても中心は他人だったが、本著は自分自身について語っている。寝る前の読書に最適です。

2022年12月8日木曜日

読書 美しき愚かものたちのタブロー 原田マハ

著者:原田マハ
出版:文春文庫

上野の国立西洋美術館を造るきっかけとなった「松方コレクション」にまつわる秘話。
本著の最後に「この物語は史実に基づくフィクションです」という断りがあるが、松方幸次郎のアドバイザーとして、タブロー(絵画)の買い付けに同行した主人公の「田代雄一」を除いて実名だそうだ。その「田代雄一」にもモデルが実在しており、後の日本を代表する美術史家の「矢代幸雄」その人である。

川崎造船所の社長であった松方幸次郎は、大正から昭和初期にかけて、私費を投じてイギリス・フランス・ドイツ等で膨大な美術品を収集したが、松方自身が昭和恐慌で、会社が倒産寸前に陥り、自身が会社の経営から身を引くことになる。そこへ第2次世界大戦が勃発して、ナチスがフランスを席巻し、それと共に松方コレクションの行方もわからなくなった。

松方コレクションは、戦後になりフランス政府に没収されていたことが分かる。
敗戦国となった日本は、フランスにとって敵国であったため、在仏の松方コレクションが、フランス政府に没収されたということだが、このコレクションは日本政府のものではなく、松方個人の所有物であるので、裏には貴重な名画をフランス国内から持ち出されることへの懸念があったと推測される。

田代雄一が、その返還交渉の代表として吉田茂から直々の申し入れを受けるところから物語が始まる。
前半は、田代が松方と一緒に絵画を買い求めた時の回想が中心で、印象派の巨匠モネをアトリエに直接訪ねて本人と交渉した事や、「ゴッホの寝室」の絵を見つけた時の感動などが伝わってくる。

物語の終盤になって、返還交渉でパリに来た田代が宿泊しているホテルへ、不意に一人のみすぼらしい老人が訪ねてきた。彼(日置釭三郎)は松方の命を受けて、松方コレクションを守るため、数奇な運命に翻弄されながらも、懸命に松方コレクションを守り抜いた男だったことが、次第に明らかになってく。
ヨーロッパ戦線でフランスが降伏し、フランスに進駐したナチスの手からどのようにして、そのコレクションが守られたかが、次第に明らかになるくだりは、まさにミステリータッチであり、スリリングである。日置は戦争や松方コレクションのために、その後の人生が大きく狂ってまでも、美術品を守り抜いたのだった。

一方、戦後の返還交渉は難航し、最終的にフランス政府は、松方コレクションの「返還」ではなく、日本への「寄贈」という名目のもとに、ゴッホやゴーギャン等の傑作と言われる名画の返還を認めなかった。だが田代は自分の思い入れが強かった「ゴッホの寝室」など数点に絞って、返還を強く求めたが、それも認められなかった。しかし松方が構想していた「共楽美術館」が、姿を変えて今日の国立西洋美術館の建設に繋がっていった。

これらの人々、つまり松方幸次郎、田代雄一(矢代幸雄)、吉田茂、そして美術品を守ることに後半生をかけた日置釭三郎がいなければ、我々が松方コレクションや国立西洋美術館を目にすることはなかったであろうことは容易に想像できる。
作者はこれらの美しきタブローに魅せられた愚か者たちに、最大のリスペクトを払い、「美しき愚か者たちのタブロー」というタイトルを冠した。

2022年12月3日土曜日

読書 完全読解 司馬遼太郎『坂の上の雲』 佐藤優・片山杜秀(対談)

著者:佐藤優・片山杜秀(対談)
出版:文藝春秋(単行本)

司馬遼太郎の「坂の上の雲」は、私の一番好きな本の一つです。(もっとも読んだのは大昔ですが・・・)
その本を月刊文藝春秋で、佐藤優と片山杜秀の対談で取り上げていたものが出版されたので、どんな対談か楽しみにして手にした次第です。

この「坂の上・・・」は筆者(司馬遼太郎)が、第4巻のあとがきで「この作品は、小説であるかどうか、じつに疑わしい」述べているように、通常の小説ではない。

通常の長編小説の延長線上で見れば、構成上の破綻があるし、その点では失敗作といえるかもしれないが、司馬の作品の中では「竜馬がゆく」に次いで人気が高く、累計で2000万部近く売れています。
何故かと言えば、読んだ人なら分かりますが、小説にグイグイと引き込まれて、のめり込んで行きます。司馬の筆力の賜物です。

また一方で、この本は司馬の作品の中でも一番物議を醸している小説です。本文の中で「乃木将軍」を愚将と痛烈に批判したことで、保守論客であった福田恒存から猛烈な批判を浴びたり、更に戦後歴史学の主流であった「講座派マルクス主義」と明治時代の認識に差があることで批判を浴びています。
近年は、前述のマルクス主義の戦後歴史学に批判的であった「自由主義史観」の言論人が、司馬作品、中でも「坂の上・・・」を「国民の正史」として見だしたことも論争が大きくなった原因のようです。
司馬とは関係のない所で、作者の意図しない方向へ進んでいるのは、読者として違和感を覚える次第です。

さて本題に入ります。構成は、以下の通りです。
序  章:今なぜ「坂の上の雲」を読み直すのか
第1章:乃木希典と東郷平八郎
第2章:夏目漱石と正岡子規
第3章:明石元次郎と広瀬武夫
第4章:日清・日露戦争と朝鮮半島

本著を読み終えた全体的な感じは、佐藤優の得意な「インテリジェンス」の分野に話が傾きがちで、「坂の上・・・」から外れた論点が多いように感じました。
まあ、佐藤優が登場してくれば、そちらに話が行くのは、出版社の思惑通りなのかも知れませんが・・・。

個別には、佐藤優が「日露戦争の白兵突撃はその後のヨーロッパでは模範とされ、第一次世界大戦の肉弾戦に繋がった」と述べているのは、大きな誤りで、彼はインテリジェンスの専門家であるが、戦史は門外漢というのが分かった。
この分野の専門家である永井陽之助によれば、「日露戦争には欧米諸国から多くの観戦武官が派遣されたが、その報告書は、敗戦国ロシアの後の赤軍とドイツ参謀本部を除いては、大半は本国では、無視され紙屑として捨てられた」
何故なら「極東の『猿』の戦闘などなんの参考になるかと、当代一流をもって任じていた戦略家たちは、頭からバカにしていた」そうです。
ただドイツ参謀本部は膨大な資料を作成し真剣に検討したが「将来の大規模な欧州戦争について結論を引き出すには、冒険に過ぎる」と結論づけた。
203高地は巨大なコンクリートに覆われ、周囲は遮蔽物もなく鉄条網に囲われた城塞であった。さらに最新式の機関銃や多くの砲弾が飛び交う修羅場と化し、世界最初の大規模な近代戦が行われた戦場であった。
これらの欧米各国の日露戦争(特に203高地の死者の多さ)を観戦した結果が反映されることなく、第一次世界大戦への悲惨さに繋がって行く。
この場面で、司馬は乃木への批判とは別に、乃木が傷つかないように密かに指揮権を取り上げ、日本軍の窮地を救った天才戦術家の児玉源太郎を描きたかったのだと思う。

一方、佐藤優が「坂の上・・・」は、ロシアの日本専門家の必読書というのは驚いた。
理由は、日本における「反露感情」がどのようにして醸成されているかを知るための材料だというが、これにも違和感を抱いた。「坂の上・・・」では、反露感情を醸し出すのとは反対に、日露戦争は南下するロシアに対しての祖国防衛戦争とは言っているが、個々にはロシア軍の司令官のクロパトキンに、好意的な見方をしているように、反露感情を醸成するような本ではないと思う。

本著は、全体的に、「坂の上・・・」の主題については違和感を抱く場面が多々あるが、むしろ本論から外れたところで面白かった。