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2023年10月28日土曜日
2023年10月26日木曜日
写真 錦平(山形県)雪と紅葉の絶景
10月22日、前夜から未明にかけてのの寒冷前線の通過により、ここ山形県の錦平では、三段紅葉が見られました。
錦平へ向かう西吾妻スカイバレーの景色
2023年10月6日金曜日
読書 翔ぶが如くー全10巻(司馬遼太郎)
薩摩隼人の滅びへの鎮塊歌「明治版・平家物語」
全10冊を読み終えて感じたのは、この本は世評言われている「西郷と大久保の対立」を描いたというより、薩摩士族あるいは、それ以前の鎌倉期から起こった武士の滅亡してゆく姿を描いた「明治版・平家物語」だという印象です。
明治政府が成立して、まもないこの時代の空気というものは、われわれには感じとることは出来ない。この小説は、その時代の空気を現代に甦らせようと試みているかのように、この時代の出来事を詳細に描いていく。
これは、もはや小説ではなく、この時代のドキュメントであり、歴史書といえるかもしれない。
従来の小説をイメージしていた人は、面食らったと思います。そういう意味では「竜馬がゆく」や「燃えよ剣」の主人公が溢れ出る情熱で時代にたち向かってゆく小説とは一線を画しています。
著者の小説は「坂の上の雲」あたりから、(それまでも歴史を詳細に調べていたが)より緻密に史実を積み重ねて書く傾向が顕著になり、本著ではそれが徹底して、実に詳細な出来事までこまごまと記載しています。そういう意味で、冗長な部分も一部あり、不評が出るのかも知れません。
この本に描かれている時期(明治6年~明治10年)は、新政府が成立はしたものの、その基盤もあやふやで、不満が横溢し、日本の舵取りも定まっていない時期で、そこに西郷隆盛らが主張する「征韓論」と、帰国組の大久保らの「反征韓論」が激突し、やがては、西南戦争へ連なってゆく時代を描いています。
現代から見れば、「征韓論」という、この時代にそぐわない議論が出てきたのかは理解ができませんが、著者は丁寧にその原因を描いていきます。
この時期、政府は、矢継ぎ早に「廃藩置県」「秩禄処分」「廃刀令」「断髪令」で、武士の特権、あるいはプライドまでを一切切り捨てた。更に戊辰戦争を戦った膨大な数の武士たちも戦争が終わると、そのまま帰郷させられ、上記の改革で、いわば失業者と化した。
そのような中で、特に討幕派であった「薩長土肥」では、彼らのごく一部の官に仕えた者だけが、維新の果実を貪っていることが、より彼らの不満を募らせた。
一方政府は「徴兵制」「地租改正」も打ち出し、こちらは、農民に対して、これまで兵役とは無縁であったのが、新たな負荷になり、租税はこれまで米を上納していたものが、金銭での徴収となり、農民への混乱を起こし、また日本の近代化(工業化や鉄道等インフラ建設)のために重税になり、「血税一揆」まで起こっていた。
このような社会情勢のなかで、旧武士団にも農民にも、政府に対する不満が充満し、一触即発の状態にあったのが、この時代の空気のようである。
そして、佐賀の乱で始まった反乱が、秋月の乱、萩の乱、神風連の乱と続き、最後の西南戦争で、日本最強と言われた薩摩士族が、庶民から募った政府軍に完膚なきまでに敗北した。そういう意味で、この時に明治維新は名実ともに武士の世から新しい時代に切り替わったと言えるのかもしれない。
本書では、西南戦争の「田原坂の戦い」や最後の「城山の戦い」は、司馬遼太郎の得意の(悲愴ではあるが)躍動感を持って描かれる。
そして最後の章の「紀尾井坂」では、一人孤独に新国家の建設を目指した大久保利通の最後に涙を誘われる。
本書の解説者は、「司馬遼太郎は、いつも史料を学びながら、またそれをもとに考えながら小説を書いた。研究と執筆は同時進行であった。読者もまた、司馬遼太郎の発見と思考の過程を追うことを読書のたのしみとした」と書いている。
本著は、昭和47年(1972年)から4年半に渡り新聞連載された。この時の読者は、どのような歓びを持って新聞小説を読んだのか、そのチャンスを逃したのが、残念な気がします。
2023年10月2日月曜日
写真 彼岸花・変わり種編
過酷な条件下に咲く彼岸花
2023年10月1日日曜日
2023年9月20日水曜日
映画 「こんにちわ、母さん」山田洋次監督
観終わった後には、ほっこりとした気持ちが残り、最高に良い映画です。
「山田ワールド」にはまり込んで、何度か思わず涙が出てしまいまいました。
(ストーリーは省略します。全体を読んでいただければ、何となく流れが分かると思います)
★この映画を観て「男はつらいよ」を思い出しました。
「山田ワールド」という、ありふれた日常を描いたワンパターン的なストーリーの中にいろんなものを、丁寧に詰め込んでいく山田洋次監督らしさが伺えます。
<寅さん>
大泉洋が、大企業の部長の座を投げ出し、リストラされる友人(宮藤官九郎)を救うなんて、実際はありえない話ですが、まさに「寅さん」的な気持ちが伝わってきます。
「男はつらいよ」シリーズでは、途中から懐かしい(あるいは残したい)日本の風景というものを、映画の中に取り込んでいきます。
京都・伊根の風景や、九州・日田の風景は印象的でした。
隅田川や吉永小百合の家の周辺では、(そこに住んだこともないけれど)何となく懐かしい下町の雰囲気が、醸し出されています。
家に鍵を掛けないので、近所の人が勝手に入ってくる場面は、子供の頃の家のことを思い出してしまいます。(私が子供の頃はどこの家もこんな感じでした)
隅田川の花火は、長岡の花火等と比較すると、スケール的にはそれほどでもないと思うのですが、吉永小百合が、向かいの家の屋根越しに見る花火の場面は、情緒的な光景だなあと思ってしまいました。
また、ボロ自転車に空き缶を山のように積んで、よろけながら自転車に乗っている場面や、言問橋の上での東京大空襲を思い出して暴れるシーンでは、凄い迫力です。
「上意打ち」に怯むことなく、酒に溺れて荒んだ侍というものを、凄まじいまでの迫力で演じていたのには驚きました。
田中泯は、器用な俳優?(本職はダンサー)ではないので、平凡な役では下手くそな演技ですが、役がハマると凄い迫力の演技をします。
山田監督はきっとこのホームレスの役に使いたかったのでしょう。
<青春の思い出>
大泉洋が、実家の押入れから高校時代に夢中になったカセットデッキを探し出してきて「涙のキッス」を歌う場面は、この場面の挿入の仕方がうまいのと、大泉の歌も良かったです。
若い世代には、この映画の良さが、分からないのではないかと懸念されます。
