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2024年12月2日月曜日

読書 ひとびとの跫音(あしおと)上・下 司馬遼太郎

 大きな包容力とリベラルな思想家としての司馬遼太郎

著者:司馬遼太郎
出版:中公文庫(上・下)

著者が「坂の上の雲」を書き始めていたころ、「大阪の料理屋にこの作品に登場するひとびと(正岡子規・秋山好古・真之)のお子さんたち(と言っても54歳~72歳)に集まってもらった。このことは取材というものではなく私としてはかぼそいながらも儀礼のつもりでいた。見も知らない人間が自分の父について書くというのは、気味悪さがあるだろうと思い、せめて作者の顔を知っておいてもらいたいと思ったのである」

その後、そのメンバーのうちの正岡律(子規の妹)の養子となった正岡忠三郎氏夫妻と、彼の旧制二高時代の親友であった「タカジ」(詩人:ぬやまひろし=本名:西沢隆二)らとの交友を描く物語である。


恐らくこの本を読んだ人の感想は、真っ二つに分かれると思う。
一つは、世間では名も知らぬ人のことを、グダグダと書くだけのつまらない話として・・・他はこのように世に埋もれた人を取り上げた著者の感性に唸り、これぞ司馬遼太郎と、評価する人とに分かれるではないだろうか。

 正岡忠三郎は、文学者の素養があるにも関わらず、「子規の跡継ぎ」が、下手な文章や詩歌で恥をかくことは避けたいという信念から、京都大学では経済学部に進み、実直なサラリーマンとしての人生をおくる。

もう一人の主人公である「タカジ」こと、詩人のぬやまひろし(本名:西沢隆二)は、旧制仙台二高を中退し、非合法の共産主義にのめり込んだ。
彼は、敗戦後に釈放されるまでの12年間獄中で、非転向を貫いたことで英雄視され、その後共産党幹部になるが、のちに危険思想視され共産党を除名される。

司馬は、西沢と接触するうちに、党派主義とは無縁な人間性に惹かれてゆく。
西沢はマルクス主義以上に「個人の解放」をめざし、長幼の序列はそれを妨げると考え、姓抜きで名を呼び合う関係を理想とし、子や孫まで自分(西沢隆二)を「タカジ」と呼ばせた。
戦前の投獄された時に、子規に目覚め、その後の高度成長期にも革命を追い求める生涯は、我々の常識を大きくはみ出している。
そのような「タカジ」に敬意を持って対話を続けた司馬遼太郎という人間の包容力の大きさを痛切に感じた。
またある批評家は、司馬は「保守」と思われているが、この本を読めば、そのような党派主義に捉われないリベラルな思想家であるのが分かるとも言っている。
司馬の隠れた名著だと思います。

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