越辺川のモルゲンロート
朝陽が川に差し込む一瞬だけ、白い白鳥たちが黄金色や真っ赤に染まるときがあります。山でいえば「モルゲンロート」に当たる時間です。
その瞬間をご覧ください。
埼玉にも白鳥がいた!!!
以前は、猪苗代湖や伊豆沼等、東北地方にまで白鳥を撮りに行っていました。数年前に埼玉YPCに入会して、クラブの人に埼玉県にも白鳥が飛来する場所があると教えてもらい、意外と家から近い所に白鳥がいるのを知り驚きました。
其の白鳥の飛来地とは、越辺川で、毎年100羽以上の白鳥が飛来します。
越辺川は埼玉県中西部を流れる荒川水系入間川の支流で、埼玉県の越生地区の黒山三滝付近に源を発し、越生梅林を抜け、その後鳩川、高麗川、都幾川をそれぞれ合わせ、県道12号線の釘無橋を越えた川島町付近で入間川に合流し、その後荒川となっていきます。
延長約36kmの川です。
越辺川が支流の飯盛川と合流する付近(川島町)に、初冬になると浅瀬に白鳥を始め多くの渡り鳥が飛来し越冬します。
宮城県北の伊豆沼は、マガンや白鳥類等の渡り鳥が多い時には10万羽が越冬します。中でもマガンは最大約8万羽にも達し日本最大の飛来地です。オオハクチョウの飛来数も日本一だそうです。また国際的に重要な湿地を保全する「ラムサール条約」に登録されています。
冬のマガンの撮影での醍醐味は、日の出と共に餌を求めて一斉に飛び立つ光景と羽音が圧巻です。数十羽単位で飛び上がったマガンはすぐに編隊を組みます。所謂「雁行」と呼ばれる隊列です。
ただ日の出までの待ち時間は、かなりの寒さ(寒い時はマイナス10℃程度)が襲ってきますので、カメラを構えてジッとしているとジンジンと寒さが身に凍みてきます。
以下、写真でご覧下さい。
早い時は日の出前から、マガンは飛び立っていきます。![]() |
日本刀を持った山口ニ矢が体当たりで浅沼稲次郎の脇腹を突き刺し、更に第二撃を加えようとした瞬間。
撮影したカメラマンはこの写真でピューリッツァー賞を受賞しました。(この写真はネットから引用しています)
昭和35年10月に起きた社会党委員長・浅沼稲次郎の刺殺事件。この事件を扱った沢木耕太郎の「テロルの決算」は以前から関心があったが、10年程私の本棚で積読状態でしたが、今回やっと読み終えました。
今では風化して、若い世代は全く知らない事件であると思うが、当時は小学生だった私でさえも大きな衝撃を受け、連日新聞に大きく取り上げられていた記憶がある。
本書では、余り触れられていないのだが、事件の起きた昭和35年というのは、所謂「60年安保」の年であり、日本全体が政治に揺れていた年であった。後に保守の論客となる、江藤淳、石原慎太郎、黛敏郎、浅利慶太までが、「反安保・反政府」を叫んでいた。そして岸信介首相の孫であった安倍晋三が、意味も分からず「アンポハンタイ!」と首相官邸のリビングの中を走りまわっていたという。
その年の6月の安保闘争で樺美智子さんが死亡し「反安保・反政府」運動はピークに達したが、7月には日米安保条約の批准をし終えた岸内閣が倒れ、替わって「所得倍増」を掲げた池田内閣が登場し、時代は変わろうとしていた。
かなり前置きが長くなってしまったが、本書では、そのような政治の季節と呼ぶ時代が変わろうとしていた中で、17歳の山口ニ矢と、61歳の野党第一党の社会党委員長の浅沼稲次郎が、この年の10月に日比谷公会堂でなぜ交錯していくようになったかを、豊富な資料とインタビューによって、二人の人生の軌跡をきめ細かく丹念に、著者特有の硬質な文体で見事に描ききっている。
久々に骨のある本を読んだ気がします。もっと早く読めば良かった。力作である。

ただ苦労して雪道を歩いて辿り着いた先には、想像を絶する別世界が広がっいます。
これまでの冬の上高地に入った時の写真で、時系列的にご紹介します。この時は東京を午後10時に出発し、午前2時頃に上高地に到着しました。
1.星空の撮影