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2025年9月17日水曜日

読書 「江藤淳は甦る」 平山周吉

 江藤淳の評伝の決定版


著者:平山周吉
出版:新潮社

ハードカバーで760ページを超える大著であるが、読みやすく、若い頃ならボリュームを気にすることなく読み終えることができたと書いたかもしれないが、最近は流石に苦労して読み終えました。

江藤淳は、大学2年生の時に三田評論に書いた「夏目漱石論」で、従来の定説とされてきた小宮豊隆の漱石晩年の「則天去私」という神話を打ち壊し、漱石を近代の個人主義と我執の中で苦しんだ生活者として捉えた新進気鋭の評論家として鮮烈にデビューした。

また評論や論争では、その鋭い舌鋒で論敵を打ち負かす保守の論客であり、評論家としては、戦前・戦後と活躍した小林秀夫の後継者として見られ、政治的には真逆の立場にいた吉本隆明と共に、当時もっとも影響力のあった評論家であった。
(極左の吉本隆明と保守の江藤淳が最後まで相手を評価しあっていたというのも面白い。吉本の言葉を借りれば、同じ出発点から左右に分かれて、グルリと一回りばかり違って一致していると)
その江藤淳が、ある時期から世間(文壇やマスコミ)から無視され、生き埋め状態になり、最後は慶子夫人の死の3ケ月後に、追い自殺のように見える自裁に至った。

本書の著者は、江藤淳が自らの命を絶つ数時間前に、その絶筆を受けとった編集者による評伝であり、江藤淳の著作はもちろん、夫人への手紙、関係者へのインタビュー、生まれ育った場所や環境を含む幼き日以来の、江藤淳の精神に秘められた独特の暗部を、丁寧にしかしどこか同情をもって探っている。

学生時代に三田評論の編集者であった山川方夫に見いだされ「夏目漱石論」で、評論家としての才能を一気に開花させると同時に、一方慶応義塾大学院では西脇順三郎に疎まれて中退し、退路を断ち評論家として出発する。
初期の評論「成熟と喪失」では、幼き日に失った母への思いを繰り返し語り、進歩派から保守派への「転向」、また井筒俊彦、小林秀雄、三島由紀夫、山川方夫らとの関係で読み解き、晩年に生き埋め状態になる原因になったアメリカ占領軍下での検閲とその影響を扱った「閉ざされた言語空間」に至るまでを詳細に検討している。
中でも、初期のプリンストン大学時代の講義などを詳細に検討することで、江藤淳の全体像を捉えようとしているのが本書の白眉であり、まさに江藤淳の評伝の決定版といえる。

2025年8月29日金曜日

読書 「西洋近代の罪」大澤真幸

社会学者としての斬新な視点に感動


著者:大澤真幸
出版:朝日新書

月刊誌『一冊の本』に掲載された時事的な評論をまとめた本で、前著『この世界の問い方』の続編。今回は202212月~2025年2月の評論。

主題は「西洋近代のその功罪」で、著者は、現在を大きな歴史の転換点と捉えているが、それを規定している原理や法則が何かということを、時事的な評論を通じて、理解する作業を推し進めようとしている。

以下、感想文というより、著者の諸現象に対する理解の仕方の紹介と言った方が良いかも知れません。

1.「離婚の危機を迎えている民主主義と資本主義」

かつて東西冷戦を勝ち抜いたことで、西側陣営の資本主義・民主主義は最良の選択と思われ、資本主義と民主主義は車の両輪だと信じられてきた。
それが21世紀に入り、かつての社会主義体制の生き残りの共産党一党独裁を維持してきた中国の「権威主義体制」が、資本主義を我がものとし、驚異的な経済成長を成し遂げた。西欧の産業革命を別にすれば、中国の経済成長は、人類史上最大の経済的ブレイクスルーと言える(日本の高度成長と比較してもスケールにおいて遥かに凌駕している)

そして西側の民主主義的資本主義と中国の権威主義的資本主義とを比較した時に、どのような差異があるのか?
その差異はわずかで、西側のそれは、少しだけ余分な自由を与えているだけではないのか? そのわずかの差は、中国の一党独裁を内側から崩壊させるような不満を、人民の中から生み出しはしない。
また中国は極端な監視社会と言われているが、よく考えてみれば西側の資本主義でも状況はあまり変わらない。GAFA(ガーファ)と呼ばれるアメリカの巨大IT企業も、インターネット上の活動から個人情報を収集し、そこから利潤を得ている。西側の資本主義の中にいる我々が、中国の監視社会の人々よりも、自由だと思ったら大間違いだと著者はいう。そして、詳細は省略するが、国民国家の民主主義は、必ずしも「自由」や「正義」に合致した決定を導き出すとは限らない。誤った決定をした例も過去に多数ある。

 ただ、いろいろと問題があったとしても、我々が、なお民主主義を最良の政治形態であると見るならば、民主主義は資本主義と離婚しなくてはならないと、著者はいう。では、再婚相手は・・・? 

2.「西洋近代の罪と向き合うとき」

(1)ガザ戦争に見る植民地主義と人種主義

ガザ戦争が複雑なのは、ここに西洋近代の二つの罪(植民地主義と人種主義)が重なっているという。著者は、ガザ戦争の歴史的背景から説き起こす。

かつてナチスはユダヤ人を差別し、その存在を抹消しようとした(ホロコースト)。ヨーロッパの人々は、ユダヤ人をかくも激しく排除した人種主義(ナチズム)を、自分たちが生み出したことに大きな罪の意識を覚え、その償いとして、第2次世界大戦の戦勝国(国際連合)が、ユダヤ人にイスラエルの土地を与えた。しかしこの場所は別の民族、主にイスラム教を信じるアラブ人が何百年以上も住み続けた土地であり、それをあたかも自分たちが自由にできる土地であるかのように、ユダヤ人に与えた。
この国連のやり方はかつての植民地主義の手法と同じである。植民地主義には、しばしば人種主義(人種差別)が随伴している。植民地における先住民や奴隷の支配・搾取は、人種主義によって正当化される。イスラエル建国という植民地主義も、人種主義とセットになっている。アラブ人への人種主義的な差別や排除という形で、それは実践された。

ユダヤ人は、ヨーロッパの極端な人種差別に苦しめられたが、そのユダヤ人が今度は、パレスチナで人種差別による「ホロコースト」を実施している。
パレスチナ問題の解決策は、パレスチナを主権国家として承認し、そのパレスチナ国家とイスラエルが平和共存する以外に解決策はないと、著者は断言する。
しかし、現在のイスラエルのネタニヤフ政権もハマスも、この考え方を完全に拒否している。果たして、ガザに平和の訪れる日はいつになるのであろう。

(2)西洋近代の自己否定としてのトランプ

著者は、トランプ大統領の登場ということの思想的・イデオロギー的な意味を、啓蒙主義の時代以降の西洋の近代史の中で解釈したとき、西洋が自らを否定しようとしていることに気づくという。

トランプ支持者には二つの異なる勢力が共存している。「労働者および過激なナショナリスト」と、「テクノ・リバタリアン」。この両者は、社会的背景を異にしているだけではなく、はっきりとした対立した意見を持ち、互いに矛盾したことを目指している。なぜ両者は連帯できているのか。それは「同じもの」に反発しているからである。「同じもの」とは、民主党が代表しているリベラルなエリート、既成支配層である。

民主党は社会の多様性を唱える。移民を積極的に受け入れ、「LGBTQ+」を尊重し、誰にも公平に対応しようと主張する・・・それなのに―(労働者は思うのだ)―「我々」はどうなっているのか・・・我々は尊重などされていない、むしろバカにされている。既成の支配層が享受している利益や特権から締め出され、排除されている。
これには、グローバル資本主義に内在する構造的な原因がある、「エレファントカーブ」(詳細は主略)が示しているように、現在の資本主義は、1990年頃までの資本主義とは異なり、先進国の中産階級だけが所得が伸びない仕組みになっている。ゆえに先進国(アメリカ等)だけを見れば、格差が急激に拡大する。このようにグローバル資本主義の実態は、かつての労働が重視され、尊重されることはなく、労働者であることに誇りが持つことが難しい社会になってきている。
民主党は本来、労働者や組合の利害を代弁する政党だったのに、現在は労働者の支持を失っている。
一方のトランプ支持者のテクノ・リバタリアンは、リベラルな既成支配層以上に、この資本主義を肯定し推進している。労働者達は、自分たちの不遇な状況に最も責任ある元凶そのものを味方と勘違いして手を組んでいることになる。どうしてこんな間違いを犯しているのか。彼等(労働者)には、自分たちの不満の原因が現在の資本主義にあることが見えていないからであり、また彼らも資本主義の中での成功を夢見ているからである。長期的には、彼等はますます悲惨な結果になるであろうと・・・

トランプに関して、もう一つ面白い見方を著者は示している。トランプは、伝統的な価値、保守的な道徳の擁護者ということになっている。しかし、トランプのふるまいは保守的な道徳とはほど遠い。思いついたままを口にし、他人を口汚く罵り、品位あるマナーのすべてを蹂躙している。不品行の程度はますます高まっていく。その中にはセックススキャンダルや犯罪的な事も含まれる。
この事を、どう解釈したらよいのか?
トランプを単純にリベラルが目指していた社会への「敵」として、解釈すべきではない。トランプなる人物は、むしろリベラルが指向しているものの極限に見いだされる像である。言い換えれば、リベラルが理想化している状態を極端化し、戯画化して表現すれば「トランプ」という像が得られる。
アメリカのリベラルが実現しようとしている社会は、寛容な社会である。かつてはタブー視されていた行動も、他人に危害を与えない限り、個人の自由として承認される社会。ところで道徳の本性は「禁止」にある、許容性の拡大は、伝統的な道徳から離脱していくプロセスである。このプロセスを徹底的に推し進めたらどうなるか。ほとんど全ての道徳的な禁止を平気で、恥ずかしげもなく公然と侵犯する人物像が得られる。それこそが「トランプ」である。
個々の道徳や規範に対しては、もはや時代遅れのものに感じる、しかしリベラルが推進している「寛容な社会」に対しては何か恐怖を感じる、そういう保守派に対してどんな態度が魅力的なのか。「許容的な社会」へ向かうダイナミズムを、ただ純粋に否定すること。つまり社会正義の規定を蹂躙し、蔑ろにするような人物が、保守派を惹きつける。それがトランプにほかならない。

長い文章を最後までお読みいただき有難うございます。もっと簡略すれば良いかとも思いましたが、政治学者と違った社会学者としての著者の解釈の仕方に魅力を覚え、感想文というより、要約版という形にして、備忘録的な意味を持たせました。



2025年8月12日火曜日

街道を撮りにゆく 海風の見える丘(茨城県)












   シャッタースピードのジレンマ


茨城県神栖市の「海風の見える丘」
鹿島工業地帯に連なるこの場所は、海岸に風力発電の風車があり、海岸の景色と調和しています。特に夕景は素晴らしいものがあります。

ただ、シャッターを押して分かったのは、風車のプロペラの速度が遅いので、風車の動きを出そうとして羽根をブラすには1/10秒以下のシャッタースピード(以下SS)にしなければならず、一方波の動きを捉えようとすると、かなり速いSSにしなければならないジレンマを抱えての撮影でした。
以下、写真をご覧下さい。











































































































2025年7月16日水曜日

読書 「スマホ脳」アンデッシュ・ハンセン

     脳はスマホにハッキングされている  


著者:アンデッシュ・ハンセン(久山葉子訳)
出版:新潮新書

今では電車に乗って本を開いているのは私一人、稀にもう一人いる程度で、社内の老若男女のすべての人はみんなスマホを弄っている。一人だけ時代の流れから取り残された気分になる。
なぜこのような風景が当たり前になったのか?ということに前々から関心があり、その答えを出してくれたのが本書だと思います。

著者は、スウェーデンの精神科医で、人間の脳は、近年急激に発展した社会に適応できていないという考えをベースとして現代社会の問題を読み解いていこうとしている。

原始時代の人間は、食べ物を探すときに、その報酬を得られるかどうかわからなくても、食物を探し続けた。その人間を突き動かす衝動により我々の祖先は、生き延びてきた。
人間に組み込まれた不確かな結果であっても前に突き進む事への衝動。その理由の一つに「ドーパミン」があるという。ドーパミンは報酬物質と呼ばれるが、実はそれだけではなく、最も重要な働きは、何に集中させるかを選択させることだ。つまり人間の言動力の源泉とも言える。
報酬系システムを激しく作動させるのは、金、食べ物、セックス、承認、新しい経験のいずれでもなく、それに対する期待で、何かが起こるかも知れないという期待は、最も報酬中枢を駆り立てる。つまり脳にしてみれば、成果を勝ち取るまでの過程が目当てなのであって、その過程というのは、不確かな未来への期待で出来ている。

その一つの例がギャンブル依存症。脳の報酬システムが、不確かな結果になるのは分かっていても報酬を与えてくれるのだ。
このメカニズムをうまく利用しているのは、ゲーム会社やカジノだけではなく、ソーシャルメディア、SNSも同じだという。
チャットやメールの着信音が鳴る、何か大事な更新がないか、「いいね」がついていないか確かめたいという欲求を起こさせる。その上、報酬システムが一番強く煽られている最中に、デジタルな「承認要求」を満たしてくれるのだ。
ソーシャルメディアのような企業の多くは、行動科学や脳科学の専門家を雇っている。そのアプリが極力効果的に脳の報酬システムを直撃し、最大限の依存性を実現するためにだ。
人間がドーパミンを与えてくれる対象に、意識を集中させるのは、生き延びるために大切なことだった。それが現代のように、一日中、数分おきにちょこちょこドーパミンを補給してくれる対象(スマホ)が出現した。そしてそれをを失ったら、当然ストレス反応が起きる。「ギャンブル依存症」ならぬ「スマホ依存症」だ。
金儲けという意味で言えば、これらの企業は脳のハッキングに成功したのは間違いない。

その結果、現代人は、睡眠障害や鬱病やストレスの障害が発生している。
解決策は、以外と身近なところにあると著者はいう。
★睡眠を優先し、身体をよく動かし、社会的な関係を作り、適度なストレスに自分を晒し、スマホの使用を制限すること。

この本を読んで、自分の身の回りに起きている事と、人間の進化の過程で組み込まれた脳の仕組みがよく理解できた・・・さあ、出来るだけ屋外での活動に専念しよう・・・とも思うが、この夏の暑さを考えると憂鬱になるのも現実だ。

2025年6月17日火曜日

街道を撮りにゆく 谷川岳(一ノ倉沢)

     魔の山と呼ばれた一ノ倉沢にも新緑が























6月上旬に谷川岳連峰の一ノ倉沢を訪ねました。
ここは、過去に800人以上の遭難死者を出し「世界の山のワースト記録」としてギネス記録にもなっている谷川岳。(主に一ノ倉沢での遭難死)この地にも新緑が溢れていました。
以下、写真をご覧下さい。

最初に出迎えてくれたのが、このカエルさんです。

当初「ヤマアカガエル」と思っていましたが・・・後日調べました。近くにあった産卵の形状と鼓膜の位置や大きさから、「アズマヒキガエル」のようです?
これが「ガマの油」でお馴染みのヒキガエル???

でんと構えて、近づいても逃げないのです。

















マチガ沢の雪渓



























この辺りは豪雪地帯なので、雪の重みに押されて、ブナも変形しています。


















かつて「魔の山」と恐れられた一ノ倉沢は新緑に覆われていました。


























































一の倉沢の巨大な残雪・・・今回の目的は、この残雪を見ることでした。

以上、ご覧いただき有難うございました。

2025年6月11日水曜日

街道を撮りにゆく 残雪の月山

      残雪とブナの根開けを求めて


5月下旬に、ブナの根開けを見たくて月山へ行ってきました。
以下、写真でご覧ください。
雪が溶けた後にはミニ湿原が出来ます


「雪もみじ」・・・雪上の茶色の物は、ブナの新芽を包んでいた鞘が落ちたものです






















(上・左)
 周海沼









翌日は濃霧から雨へ






















ブナの表面は、普段は白っぽく、雨で濡れると黒くなります。

ブナの幹を雨が伝って落ちてゆくのが分かります。
「樹幹流」と呼びます。

2025年6月10日火曜日

読書 「王城の護衛者」 司馬遼太郎

     歴史に翻弄された会津藩の悲劇


著者:司馬遼太郎
出版:講談社文庫

司馬の数多くの中・短編の中でも秀逸した作品の一つだと思う。
本書で書かれているのは、幕末の動乱期を舞台にした勝者・敗者の双方を取り上げているが、いずれも歴史に翻弄された人々を描いている。

表題以外に、岩倉具視の策士として歴史に大いなる影響を与えた玉松操を描いた「加茂の水」、日本史上最高の軍事家大村益次郎の非凡な生涯に触れた「鬼謀の人」(「花神」の別バージョンといえる)、長岡藩の天才的軍師河合継之助の悲劇を描く「英雄児」(「峠」の別バージョンといえる)、最後に幕末の異端児で、これも身分制ゆえに悲惨な生涯を送った岡田以蔵を描いた「人切り以蔵」が収録されており、いずれも読みごたえがある。

中でも表題の「王城の護衛者」は、会津藩の悲劇の顛末を描いている秀作です。
風雲急を告げる幕末の京、すでに京都町奉行所はおろか、京都所司代まで手がつけられないほどに勤皇倒幕の志士が跋扈し、無政府状態と言って言い状態であった。
その秩序回復には誰もが敬遠していた京都守護職という「貧乏くじ」を、会津藩が引かされる。その発端となったことが、本書の前半で詳細に書かれている。

会津藩主の松平容保(かたもり)は、江戸城内では、それほど注目を集める人物ではなかったが、「桜田門外の変」で井伊直弼が水戸・薩摩の浪士に襲われたことの対応の件で、一躍注目を浴びることになる。
かねてから水戸徳川家の京都偏向主義を憎悪していた幕閣から「これを機に、尾張・紀伊の徳川両家の藩兵をもって水戸を討伐しよう」という意見が出され、江戸城内の溜間詰の諸侯の意見を聞いたが、各大名は口を濁らせた返答のみで、可とも不可とも言わなかった。その時、たまたま容保に水が向けられた時に「水戸討伐などあってはならぬことです」ときっぱり言い切った。提案した老中が気色ばんで詰め寄ったが、容保は「ものには原則というものがある。水戸家は御親藩であり、これを他の御親藩をもって討たしめては御親辺相克のもととなり、乱が乱を呼び、ついに幕府の根底が揺らぎましょう」と。この事で水戸討伐は中止になったが、容保の運命が大きく変わった一瞬でもあった。

「会津侯は若いが、胆力もある。事理にも明晰である。御家門の中で徳川宗家の危機を支える人物がおらぬ時、思わぬ拾い物かもしれぬ」という印象を幕閣の誰もがもった。
後日、京都が無政府状態になった時に、治安維持のために会津藩に白羽の矢が立った。容保は断ったが、松平春獄や一橋慶喜らの執拗な説得で、最後には会津藩が滅亡するかもしれない覚悟で引き受ける。
会津藩は期待に応えて、孝明帝の信頼を得て長州藩を追い落とし、一旦は京の治安は回復するが、その後孝明帝崩御を境に一気に権謀術策に長けた薩長から「朝敵」の汚名を着せられる。鳥羽伏見の戦いの後は、徳川慶喜は心変わりをして蟄居し、薩長が振り上げた拳の矛先は会津に向かってゆく・・・

会津藩が時代に翻弄された歴史を見ると、なんともやりきれない複雑な思いです。

以下参考に読売新聞からの切り抜きを添付します。