江藤淳の評伝の決定版
著者:平山周吉
出版:新潮社
江藤淳は、大学2年生の時に三田評論に書いた「夏目漱石論」で、従来の定説とされてきた小宮豊隆の漱石晩年の「則天去私」という神話を打ち壊し、漱石を近代の個人主義と我執の中で苦しんだ生活者として捉えた新進気鋭の評論家として鮮烈にデビューした。
また評論や論争では、その鋭い舌鋒で論敵を打ち負かす保守の論客であり、評論家としては、戦前・戦後と活躍した小林秀夫の後継者として見られ、政治的には真逆の立場にいた吉本隆明と共に、当時もっとも影響力のあった評論家であった。
(極左の吉本隆明と保守の江藤淳が最後まで相手を評価しあっていたというのも面白い。吉本の言葉を借りれば、同じ出発点から左右に分かれて、グルリと一回りばかり違って一致していると)
その江藤淳が、ある時期から世間(文壇やマスコミ)から無視され、生き埋め状態になり、最後は慶子夫人の死の3ケ月後に、追い自殺のように見える自裁に至った。
本書の著者は、江藤淳が自らの命を絶つ数時間前に、その絶筆を受けとった編集者による評伝であり、江藤淳の著作はもちろん、夫人への手紙、関係者へのインタビュー、生まれ育った場所や環境を含む幼き日以来の、江藤淳の精神に秘められた独特の暗部を、丁寧にしかしどこか同情をもって探っている。
学生時代に三田評論の編集者であった山川方夫に見いだされ「夏目漱石論」で、評論家としての才能を一気に開花させると同時に、一方慶応義塾大学院では西脇順三郎に疎まれて中退し、退路を断ち評論家として出発する。
初期の評論「成熟と喪失」では、幼き日に失った母への思いを繰り返し語り、進歩派から保守派への「転向」、また井筒俊彦、小林秀雄、三島由紀夫、山川方夫らとの関係で読み解き、晩年に生き埋め状態になる原因になったアメリカ占領軍下での検閲とその影響を扱った「閉ざされた言語空間」に至るまでを詳細に検討している。
中でも、初期のプリンストン大学時代の講義などを詳細に検討することで、江藤淳の全体像を捉えようとしているのが本書の白眉であり、まさに江藤淳の評伝の決定版といえる。

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