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2023年4月26日水曜日

読書 私たちの想像力は資本主義を超えるか(大澤真幸)

  「シン・ゴジラ」とオタクのナショナリズム?


著者:大澤真幸
出版:角川ソフィア文庫

本書は、2026年~2027年にかけて早稲田大学で行われた講義がベースになっている。講義内容はサブカルチャー(映画・小説・マンガ・アニメ等)を通じて現代社会の構造を分かり易く説明している。

具体的に題材としているのは<映画>「シン・ゴジラ」「ウルトラマン」「DEATH NOTE」、<アニメ>「君の名は」「この世界の片隅に」、<小説>「砂の器」、<ノンフィクション>「木村正彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」等々


まず本のタイトルの仰々しさに驚く。内容がこのタイトルのようなものであるのかは、成功しているとは言い難いように思えるが、現代社会で起きていることを規定している基本的な構造を、フィクションを通じて見だすことには若者の理解を得やすい内容だと思います。

例えば「シン・ゴジラ」(映画)について。
(Amazonのプライムビデオにあったので、再度観ました)
フィクションの世界なのだが、現実の基礎的な構造をきっちりと踏まえている。
具体的には、ゴジラが東京湾に現れ、それを駆逐するのに、自衛隊が出動し、当然のことながら、歯が立たなくて、米軍の出動を要請する。この辺りの描き方は、法律や各役所の縄張りに素早い動きの取れない政府や決断力のない政治家の対応の拙さ、そして日米安保条約の存在をきっちりと描いている。(それまでのゴジラシリーズではそういうことは描かれていない)
そして監督はその批判も忘れていないのが、改めて認識される。
米軍の兵器は自衛隊以上に破壊力はあるが、当然ゴジラには歯が立たない。次に国連に舞台が移り、日本に対して(広島長崎に次ぐ)3度目の核の使用という決定がされる。この核の使用までの限られた時間内に、日本人が独自にゴジラへの対応策を実施して、メダタシ・メデタシと問題は解決する。
ここで面白いのは、ゴジラ対応で集められた科学者等は、コミュニケーション能力の不足したオタクや変わり者ばかりで、その対応に当たり、オタク達のナショナリズムが窮地に陥った日本を救うという流れになっている。つまり現実の細かな法律の規定や日米安保等で縛られている現状を日本の若いオタク達がそれを乗り越えて、問題解決の答えを導き出すというストーリーが見えてくる。

「木村正彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」についても、敗戦後の日本人の深層心理を上手く抉り出している。

他の例も、現実とサブカルチャーの間の空間を解きほぐして、面白く読ませてくれる。
著者のサブカルチャーに対しての読みの深さと社会学者としての力量を見せてくれる本である。
こんな大学講義があれば、学生も大勢押しかけると思われる。

2023年4月11日火曜日

写真 2023京都の遅咲き桜巡り③


      

                         仁和寺・平安神宮


「京都遅咲きの桜巡り」の第3回目は、仁和寺と平安神宮です。
仁和寺は御室桜で有名で、4月6日の時点で、満開から散り始めという感じでした。
またピンクのツツジが満開で、楓の花とのコラボで写真を撮りました。

平安神宮は、「平安神宮桜音夜(おとよ)紅枝垂れコンサート」が開かれており、東神苑の貴迎館ステージでの「ござ」のピアノ演奏が行われていました。ただ池の周りの道が狭く、入場者も多く、なかなか写真撮影は出来ませんでした。

<仁和寺>

二王門

京都の三大門の一つ
他は、知恩院の三門および南禅寺の三門
御室桜











ツツジ











楓の花とツツジのコラボ
































<平安神宮>

















「桜音夜(さくらおとよ)紅枝垂れコンサート2023」でピアノ演奏中





















写真 2023京都の遅咲き桜巡り②

      龍安寺・退蔵院の枝垂れ桜


龍安寺の桜は以前から一度は見たいと思っていました。今回は永年の想いがやっと叶った次第です。
思いのほか良かったのが、妙心寺・退蔵院です。妙心寺の塔頭の一つなので、どちらかと言えば狭いお寺ですが、枯山水の庭に描かれた砂紋(箒目ともいう)に桜が散った姿は最高でした。

<龍安寺>


魚眼レンズで庭全体を撮影しました。

          














<妙心寺・退蔵院>

入口近くの落ち椿






























2023年4月9日日曜日

写真 2023京都の遅咲き桜巡り①

     原谷苑・半木の道・祇園白川


お彼岸に墓参りが出来なかったのですが、日程の都合がついたので、急遽、バタバタと切符や宿の手配をして、その翌日から墓参りを兼ねて京都の桜を見てきました。
ただ日程が4月5日~7日で、京都の桜は既に散っているようだったので、FBに投稿して、情報を求めました。その結果、多くの人から情報が寄せられ、ソメイヨシノは全滅でしたが、まだまだ遅咲きの桜がわんさかとあり、京都の桜を初めて見てきました。
情報を寄せてくれた方々に感謝の気持ちでいっぱいです。有難うございました。

今回は、原谷苑、半木の道、祇園白川を掲載しました。

原谷苑

ここは桜だけでなく他の花も多く、百花繚乱です。
丁度、福島の花見山をぎゅっと圧縮したような感じです。
















































賀茂川・半木(なからぎ)の道

府立植物園横の賀茂川沿いの散歩道で、約800mにわたり、ヤエベニシダレザクラが「桜のトンネル」のようになっています。
今回は満開からややピークを過ぎていました。


















鴨川には飛び石があり、子供たちの格好の遊び場です。
テレビ等の撮影にもよく使われています。









祇園白川

八重桜が満開でした。
















夕方から雨になりましたが、雨に濡れた石畳もしっとりとして、味わいがあるものでした。















偶然舞妓さんの舞いを、外から覗き見ることが出来ました。
この界隈は、舞妓さん目当てなのか、外国人がいっぱいです。

2023年4月3日月曜日

写真 2023桜(わたらせ渓谷鉄道)

 わたらせ渓谷鉄道の桜満開

わたらせ渓谷鉄道は、神戸駅(ごうどえき)の花桃と桜が有名ですが、今回はこの沿線の別の場所を探してみました。















失敗作品。
列車のライトで、左右の桜を浮かび上がらせるイメージで、暗闇の中マニュアル調整しましたが、結果は、シャッタースピードを意識しすぎて露出不足になりました。
しかもこの時間帯では、2時間待ちなので、give up😭


2023年4月2日日曜日

写真 2023花便り(カタクリ他)

            岩宿のカタクリ他


3月末にわたらせ渓谷鉄道へ行く途中に、カタクリの群生地があるので、立ち寄りましたが、カタクリのピークは過ぎて、良い花を探すのに一苦労しました。
来年再挑戦です。




アズマイチゲ
ヒトリシズカ











タチツボスミレ











白いさくら?


2023年3月25日土曜日

読書 新装版 日本の未来へ 司馬遼太郎との対話(梅棹忠夫編)

      知的興奮と先見性に驚愕する対談


著者:梅棹忠夫・司馬遼太郎(対談集)
出版:臨川書店(単行本)

中央公論社の名編集長と言われた粕谷一希によると、戦後のある時期、梅棹忠夫と司馬遼太郎の二人の関西人が、論壇と文壇の世界において圧倒的な影響力を持っていたという。
司馬遼太郎については、何度も書いてきたので省略して、梅棹忠夫について、少し紹介しておきます。
梅棹は民俗学・文化人類学者で、1957年に「文明の生態史観序説」によって、注目を浴びた。この論文では、日本はアジアの一部というより、むしろ英国やヨーロッパに似ていると主張した。中国・ロシア・インドは全く別の世界で、専制国家が交代するだけで、近代化というのは、封建制が発達した国が近代国家になって、現代社会をつくるという仮説を出し、その後1960年代の日本の高度成長を予言することになった。
またダニ・エルベルが「脱工業社会」を主張し「脱」は何かと議論している頃に、梅棹忠夫は、具体的に「情報化社会」の到来を予測していた。

その梅棹が、司馬遼太郎の死後、彼との交流を懐かしんで、二人の対談を纏めたのが本書であり、新装版を書店で見つけたので、早速入手した次第です。
民族・国家・文明・日本人・教育と言ったテーマで対談しています。

二人の対談の内容も非常に面白いのですが、生粋の関西人(梅棹は京都、司馬は大阪)どうしなので、関西弁がそのまま文字になっているのも、二人の肉声を聞くようで面白かった。
例えば、
「国家あるいは帝国が出現して、ナショナリズムが地球をおおったとたんに少数者の問題が発生したんです。これは厄介でっせ
「文明が成立して、そこで少数者というのが出現した。なんぼでもその細分化が進行していく、挙句の果てにどないなるのやろか? これ、どない思わはります?
これを読んでいて、井上章一の本に書いてあったことを思い出した。井上が京都弁で講演したあと、講演を聞いていた女学生が来て、先生は学者やさかい、標準語で話された方が、ええと思いますと言われたそうです。
確かに、関西弁で話すと、知的レベルが落ちたような感じにならないでもない・・・が、私は生の声が聞けるようで、この方が好きである(このほうが好きやねん)。
この標準語と方言の問題も征服者の少数者に対する差別と同じようなものだろう。

本題に戻る。
上記の関西弁の内容でも述べられているように、1986年の対談の中で、早くも民族問題に、触れて、さらに、20世紀の後半~21世紀にかけて「トラブルの時代」と断言しているのには驚いた。
「教育が進み、医療・衛生が進むと、長生きして皆、賢こうなりよる。人口も増える、ということは文明そのものが、実は少数者を次々と作り出すんです。いま中国やソ連は社会主義というある種の普遍原理で救うているような格好になってますけども、それもどうなるかわからんですよ。普遍主義でもって世界中の人類をまとめていこうということは、私はできないと思っているわけです
その後の対談では自分の目の黒いうちに、社会主義が全面的に崩壊するのを見ることができるかもしれんとも言っている。
「人間における分類感覚みたいなものがありまして、これが具合悪い。差別が基本原理です。人間を何かの特徴で分けてしまうんです。それでレッテルを貼る」
「差別、少数者の問題は、違う文化は全部悪いと思う。おかしいと思う。異端なるものと思う・・・文化というものは要するに『全部自分が正しくて、ほかのやつはいかん』とうことを教えるんです」
これらの内容は凄い、ソ連崩壊や世界各地で民族問題が起きる、さらにはイジメの問題まで、はっきりと予言しています。

さらにソ連崩壊後の対談では、ロシアとウクライナの対立のことや、原理主義が民族を動かす異様なエネルギーになると言っている。
帝国(帝国主義ではない)やマルクス主義のような、民族を抑える蓋というか民族を超える原理がない現在では、普遍的な解決方法はなく、個別に解決していくしかないという。
民族問題は、いじめの構造と同じで、それを乗り越えて融和を保っていくのは、かなり「高度の人間的技術」と言っている。この下りを読んだとき、直近の日韓問題に対応している韓国ユン大統領を連想した。
 
柄谷行人は「世界史の構造」等で昨年、哲学のノーベル賞と言われている「バーグルエン哲学・文学賞」を受賞した。その中で「交換」という概念で世界をA・B・C・Dと体系化し、現代のCは限界に近付きつつあり、それを超えるためには、次のDという社会を考えなればならないと主張している。この普遍的な社会が現れるのか、この対談で言っているように「普遍主義でもって世界中の人類をまとめていくのはできない」のかは、興味ある問題です。(私はまだ柄谷行人を理解していないので、この箇所の表現が適切か否かは分かりません)

また別の箇所では「情報化」についての対談もあり、そこでは、
「情報産業といってもまだ黎明期で、なんか能率をあげるための手段だと思われている。しかしこれは能率とは関係なく、創造というか遊びの精神にかかわりがある。いまに才能のある非帰属遊戯者が沢山出てきますよ」
更には人類は「単層社会」⇨「重層社会」から、今後は「無層社会へと向かう。
今の日本は人類史上最初の無層社会へ突入しつつあると言っている。紙面が足りないので、詳細を本書でご覧下さい。
とにかく「めちゃおもろい対談」です。