著者最後のエッセイ
著者:葉室麟
出版:文春文庫
藤沢周平が亡くなって、好きな時代小説家(歴史小説とは別)がいなくなり、寂しい思いを持った時に、尾形光琳と尾形乾山の兄弟を描いた「乾山晩愁」(2005年歴史文学賞受賞)を引っ提げて彗星のごとく登場した葉室麟。その後「蜩ノ記」で直木賞を受賞。
2017年に急逝した葉室麟氏の最後のエッセイ集が、今年6月に文庫化されたので、早速読んでみた。
地方紙の記者をしていたので、作家デビューは50歳を過ぎてからで、作家生活が短かったのが惜しまれる。
エッセイでも、小説同様に凛とした中にも、ほのぼのとした温かさが滲み出てくるので、読んでいてホッとさせてくれる。こういう文章を書ける作家は稀有な存在になってしまった。
地方紙の記者をしていたので、作家デビューは50歳を過ぎてからで、作家生活が短かったのが惜しまれる。
エッセイでも、小説同様に凛とした中にも、ほのぼのとした温かさが滲み出てくるので、読んでいてホッとさせてくれる。こういう文章を書ける作家は稀有な存在になってしまった。
第1章で、本人の好きな作家は、やはり司馬遼太郎と藤沢周平だそうだ。当初は司馬と同じような歴史小説を書きたかったが、全然受けなかった(笑)と第4章の対談で述べている。
司馬作品にはいずれも人を酔わせ、歴史の風がほほをなでる感覚があるという。そして司馬は何故小説を書くことをやめたのかを、最後の小説である「韃靼疾風録」で考える。
沢木耕太郎の「テロルの決算」では、新聞記者になりたての若い頃を思い出し、そして藤沢周平の「三屋清左衛門残日録」で、記者を退職した自分の年齢と併せて物思いにふける。
第2章の歴史随筆では、九州出身者らしく西郷隆盛とはどんな人物だったかを考え、藤原不比等を「女帝の世紀」の演出者であり、「法治国家」の礎を築いた古代最大の政治家と評している。
第3章の小説講座での対談で「小説は虚構だけど、自分の中にある本当のことしか書けない。書くことは、心の歌をうたうことです」と言っているのは、この作家らしい感じがする。
第4章は、絶筆(未完)となった小説の断片から成り立っている。
「芦刈」という短編は絶品だった。単行本に出来なかったのが残念だ。
そして著者は最後に、司馬遼太郎の「坂の上の雲」にならって、自分流の「坂の上の雲」の構想を練っていた。日露戦争は明治維新・ロシア革命・中国革命の三つの革命のはざまにあり、それを軸にロマノフ王朝が滅びゆく物語としての三都物語を書きたかったそうだ。この小説が構想だけで終わってしまったのが残念でならない。
沢木耕太郎の「テロルの決算」では、新聞記者になりたての若い頃を思い出し、そして藤沢周平の「三屋清左衛門残日録」で、記者を退職した自分の年齢と併せて物思いにふける。
第2章の歴史随筆では、九州出身者らしく西郷隆盛とはどんな人物だったかを考え、藤原不比等を「女帝の世紀」の演出者であり、「法治国家」の礎を築いた古代最大の政治家と評している。
第3章の小説講座での対談で「小説は虚構だけど、自分の中にある本当のことしか書けない。書くことは、心の歌をうたうことです」と言っているのは、この作家らしい感じがする。
第4章は、絶筆(未完)となった小説の断片から成り立っている。
「芦刈」という短編は絶品だった。単行本に出来なかったのが残念だ。
そして著者は最後に、司馬遼太郎の「坂の上の雲」にならって、自分流の「坂の上の雲」の構想を練っていた。日露戦争は明治維新・ロシア革命・中国革命の三つの革命のはざまにあり、それを軸にロマノフ王朝が滅びゆく物語としての三都物語を書きたかったそうだ。この小説が構想だけで終わってしまったのが残念でならない。
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