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2023年2月25日土曜日

写真 冬の美ケ原⑤ 番外編

 今回の「冬の美ケ原」シリーズ①~④で、掲載されなかった写真で構成してみました。

霜の華①

















霜の華②


朝陽と霜の華①


朝陽と霜の華②


朝陽と雲海









雲海に向かってゆく豆粒のような雪上車


ブリザードの跡


雲海(右奥は御嶽山)


この木なんの木?







沈む夕陽 (左奥は御嶽山)










2023年2月10日金曜日

写真 冬の美ケ原④(アートな世界)

         美ケ原のアート作品


浮かぶ半島


バベルの塔

















凍てる杭











  白い森(上)と白い葉(下)
























昆虫の世界



















崩落する虹


2023年2月9日木曜日

写真 冬の美ケ原③(霧氷他)

        霧氷・山岳・夕景他


冬の美ケ原の「霜の華」「雲海」の次は、「霧氷とその他」です。

1.霧氷 

下記の4枚の霧氷の写真は、全てバスの窓からの撮影です。
山頂についた時には、太陽の光で、霧氷は溶けていました。結構デリケートです。


  




















2.山の景色













3.夕景




















下部の灯りは松本市 右奥は乗鞍岳



































4.雪上車と「美しの塔」















































2023年2月6日月曜日

写真 冬の美ケ原②(雲海)

      360度の雲海の上に百名山


2034mの王ケ頭からは、日本百名山の内、41座が見えるらしいのですが、この朝確認できたのは20座でした。もっとも私が見分けられなかっただけかも知れません。
日の出のドラマと雲海に浮かぶ百名山を堪能して下さい。




日の出の撮影の後、反対側(北西側)へ急いで行きましたが、モルゲンロートは既に終っていました。残念!!!😂

雲海の奥に見える後方の山は、白馬三山。






ホテルの窓からの眺め(左から蓼科山・八ケ岳・富士山・南アルプス・中央アルプス)




浅間山と外輪山




南アルプス(左から、鳳凰三山・甲斐駒ケ岳・北岳・間ノ岳・仙丈ヶ岳)



左から、穂高岳・槍ケ岳・常念岳


左から、鹿島槍ケ岳・五竜岳・・・わずかにピンク色が残っていました。

白馬三山(白馬鑓ケ岳・杓子岳・白馬岳)



写真 冬の美ケ原①(霜の華)

       美ケ原・王ケ頭の「霜の華」


もうすぐ立春というのに、この日の最低気温はマイナス13度
ヤッター!!!😄💥👍・・窓にはびっしりと「霜の華」が張り付いている~😍
気温が相当下がらないと霜の華は出来ないそうだが、運よく霜の華を見ることが出来ました。

朝陽と共に「霜の華」が黄金色に輝く。
外には雲海が見えます。







2023年1月28日土曜日

読書 文学のレッスン 丸谷才一

 

   全然歯がたたない


著者:丸谷才一(インタビューア:湯川豊)
出版:新潮選書

丸谷才一(以下丸谷)の最晩年に行われたインタビュー形式での著作。この頃病気がちで入退院を繰り返していた時期に行われたようだ。
内容を簡単に記すと以下のようになる。
「短編小説」なぜアメリカで発展したのか 
「長編小説」なぜイギリスで発展したのか
「伝記・自伝」なぜイギリスで繁栄したか 
「歴史」歴史は文学とどのようにかかわっているのか 
「批評」批評にとって最も大事なことは何か 
「エッセイ」エッセイという形式はどのようにして生まれたのか 
「戯曲」芝居には色気が大事だ 
「詩」詩こそ文芸の中心・・・と文学全般に渡る、謂わば「文学総合講座」のようなものである。

内容は、インタビュー形式なので、読みやすいが、だからと言って理解しやすい訳ではない。奥行きが深く、丸谷は元々英文学専攻なので、例示するのも、イギリスやヨーロッパの話が多くなる。私にバックグラウンドがないので、そういう箇所になると、全く理解できないというかギブアップ。
例えば、長編小説で「プルーストとジョイスがじっくり読まれた結果・・・ガルシア・マルケスもナボコフもボルヘスも新しい小説を書いた」とか、戯曲では「バロック演劇」等々の言葉が出てくると、チンプンカンプンである。
ただ驚くのは、インタビュアーである「湯川豊」が、丸谷に負けず劣らず教養が深く、インタビューを巧く誘導している。丸谷がこのインビューアー(湯川豊)を「年少気鋭の友人」と書いているが、彼は当時、文藝春秋社の取締役を経て、大学の教授であるから、丸谷との「対談形式」をとっても十分に読み物になったのではないかと思えるほどだ。

海外も含めて、文学全般に興味がある方には、面白いかも知れませんが、私には難し過ぎました。何故この本を買ったのだろう?

2023年1月23日月曜日

読書 三島由紀夫と司馬遼太郎・・・美しい日本をめぐる激突

     リアリストの司馬遼太郎vsロマン主義者の三島由紀夫


著者:松本健一
出版:新潮選書

三島由紀夫は純文学の旗手であり、ノーベル賞候補にもなる文壇の寵児であった。
一方の司馬遼太郎は後に国民作家と呼ばれるが、終生文壇とは距離を置き、大阪で執筆活動をしていた歴史小説家であった。
1970年11月25日に三島が自決するまでは、この二人の接点は殆どなかったと思われる。

その日三島は自衛隊市ヶ谷駐屯地に乱入し、「天皇陛下万歳!」と叫んで自決した。
この三島事件に対して、作家の文学の延長線上での自己表現として評価する雰囲気もあり、マスコミはどう対応すべきか、戸惑っていたようにも感じられた。あの小林秀夫でさえ、『この事件の象徴性とは、この文学者(三島)の自分だけが責任を背負い込んだ個性的な歴史的経験の創り出したものだ・・・(略)・・・そうでなければ、他人であり孤独でもある私を動かす力が、それに備わっているだろうか』と言っている。(「小林秀夫・江藤淳全対話」より)
その時、毎日新聞の編集部が動き、気乗りのしない司馬に三島事件についての感想を求め、翌26日朝刊の一面全面を費やして、その批評文「三島由紀夫への献辞と批判」が掲載された。
この批評文によって世の中での三島事件の評価が下されたように思う。
本書ではないが、当時「中央公論」の名編集長と言われた粕谷一希は、この記事を読んで「これは名文だ。司馬遼太郎が単に歴史作家を超えて、現実の日本の問題に対する指導的な言論を述べるリーダーへの転機となった一文である」と述べている。
ただ一般には、この二人の関係は、この25日から26日の間の一瞬の遭遇で終わったと思われていた。

著者は、それからさらに突っ込んで、リアリストであり戦後日本を是認していた司馬と、ロマン主義者かつ芸術至上主義で、戦後日本を否定していた三島の、それぞれの美学あるいは生き様を比較することで、二人にとっての「美しい日本」とは何であったかを論じている。

前述したように、それまで一瞬を除いて接点がないどころか全く真逆の価値観を有する二人を、細かく分析・比較することで、面白い評論が出来上がったと思う。

特に司馬の作家活動の後半生の代表作となった「街道をゆく」は、三島の「天皇陛下万歳!」自決直後からシリーズが始まっており、その膨大な紀行文の中で、著者は、「天皇の物語」がないことに気づく。敢えて避けているようであると。そういう目で見ると、司馬の代表作である「坂の上の雲」の日露戦争も「天皇の戦争」ではなく「国民の戦争」として描いていたことに気づく。司馬はそのシリーズで書いているのは、日本文化のモノづくり、例えば米づくりや砂鉄づくり、そして匠の物語である「美しい日本」であった。
そんな司馬もバブル期の日本に失望し、国を憂いていたことは周知の事実だ。

三島由紀夫も司馬遼太郎も高度成長期を経た日本が、経済至上主義に走り、ナショナル・アイデンティティ(日本らしさ)を喪失していることに強い危機感をいだいていた。そして彼ら二人は経済大国日本とは別の、もうひとつの日本を提示しようとしていたという。

接点のない二人の作家の違いを際立たせておいて、真逆な二人が、生涯の最後に、共に空虚な大国へ成長した戦後日本を憂えたという方向性を導き出したのは、コペルニクス的発想の転換で面白かった。