夏 目 家 の 福 猫
著者:半藤末利子
出版:新潮文庫
著者は、夏目漱石の孫(漱石の長女・筆子と作家・松岡譲の次女)にあたる。
家族ならではの視点で夏目家の日常や漱石の思い出を描いた短編のエッセイ集ですが、こと漱石に関しては、著者は漱石没後に生まれたので、母・筆子から聞いた話が中心となっています。
〈猫について〉
冒頭の「漱石夫人は占い好き」には、「吾輩は猫である」のモデルになった猫の話から始まる。これは原作(猫)にも書かれている通りの野良猫であったのが、漱石の「この家が気に言っているのだろうだから、飼ってやればいいじゃないか」の一言で飼うようになったのだが、響子夫人は大の猫嫌い。ところが出入りのあんま師が、その猫を見て「足の爪まで黒い珍しい福猫でございます」と言った事から、占い好きの響子夫人の態度が一変し、それまでの猫への虐待を改めて、好待遇になったそうだ。
この箇所を読んで私の本棚の隅に「吾輩は猫である」があったので、20ページほど読み返してみた。最初に読んだのが中学生くらいだったので、殆ど記憶に残っていなかったが、驚いたことが二つ。
①
原文が今の文章と全く変わらず、なんの抵抗もなくスラスラ読める事への驚き。
明治になって文章について「言文一致運動」があったが、二葉亭四迷以降、各作家は独自にその問題を試行錯誤しながら苦しんでいたが、その変遷の結果、漱石は「言文一致運動」における完成者と言われているが、成程と合点がいった次第です。
② 最初に読んだ時のおぼろげな印象では、面白かったように思っていたが、歳を経た今読んでみると「苦味」がある。若い時に読んだ時と、現在読んだ時の変化・・・漱石文学の深みと言うべきか。
〈漱石の家庭内暴力〉
イギリスに留学した漱石が帰国した時は別人になっていた。ロンドンから文部省に「夏目発狂す」という電報が舞い込むほどの変化を家族は知らなかった。
漱石は、現代でいう家庭内暴力(DV)を振るうようになっていた。しかも発作が収まれば本人は全く自覚していない。世間では響子は「ソクラテスの妻」と並び称されるほどの悪妻として通っているが、母(筆子)に言わせれば、響子だから漱石とやって行けたのだと言う。また、常軌を逸した行動や傲慢さを漱石という人は微塵も有していない。彼を変えたのは周期的に襲ってくる「神経衰弱」という病気であって、生の漱石は稀にみる心の温かい物わかりの良い優しい人だったと母(筆子)はよく言っていた。
※漱石は、イギリス留学中の孤独や極度のストレスから、強い不安、不眠、気分の落ち込みに悩まされ、帰国後は、「誰かに監視されている」「毒を盛られる」といった強い被害妄想や幻聴に苦しむようになり、現代の精神医学では統合失調症や躁うつ病(双極性障害)の可能性も指摘されています。
明治40年に朝日新聞社に入社して本格的な作家活動を始め、文学という形で内面の葛藤を吐き出せるようになってからは、この激しい発作や暴力は次第に落ち着いていったそうです。
〈半藤末利子氏の批判精神〉
筆者半藤末利子氏の夫・半藤一利氏は、文藝春秋社の編集長や役員も務め、作家としても有名な人物だが、著者は「うちの宿六」とか、「テレビに夫の長い顔が登場する」とか手厳しい。
ただ、彼女の批判精神は「一歩引いて冷ややかに、かつユーモラスに観察する」という、極めてさっぱりとした風通しの良い性格が見て取れ、晴らしいエッセイストと言えるでしょう。この批判精神は、流石に漱石の孫です。
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