ユートピア主義とリアリズムを繰り返す国際情勢
著者:細谷雄一
出版:新潮選書(2026年2月刊)
著者は、国際政治学の古典である、E.H.カーの『危機の二十年』(1939)を念頭において、過去30年の国際情勢を冷静に分析し、ソ連崩壊後の西側諸国の驕りと構造的欠陥を冷静に分析したなかなかの力作です。
過去2世紀の国際政治は、18世紀の啓蒙主義からフランス革命を経て国家間の軍事衝突。その後ウィーン体制を基礎とした平和。19世紀後半には欧州では、第一次世界大戦が勃発、大戦後はリベラルな国際主義の理念により国際連盟を設立。だが1930年代には世界はパワーポリティクスに支配され、第二次世界大戦へ突入。
大規模で悲惨な戦争を体験した人類が、その反省から戦争のない平和なユートピアを追求し、その後はその理想が踏みにじられて、今度は権力闘争を前提とするリアリズムが再興する循環が、一定の期間を隔てて繰り返されてきたことが理解できる。
現代に目をうつすと、東西冷戦が終結し、人々は戦争の時代が終わり、平和が永続するユートピアを夢みた。また民主主義が拡大して、自由貿易の思想がグローバリズムの潮流に乗って世界に広がっていくことを確信した。
欧州についていえば、中・東欧の人々はかつてナチス・ドイツに蹂躙され、大戦終了後はソ連の衛星国になることによって自らの国家主権が制限された。そのような呪縛から解放されて、今度こそは確かな安全保障を手に入れたいという原動力が、NATOへの加盟、つまりNATOの勢力拡大へと連なり、結果としてロシアのかつての勢力圏を脅かすことになる。
そのような西側世界の勝利主義は、ロシアの人々にとっては屈辱の歴史であった。
NATOの東欧への勢力拡大の流れに対して、ケナン、キッシンジャー、イギリスのマゾワーのように国際関係をリアリズムで捉えている人々からは警鐘が発せられていたが、あくまで少数派であった。
西側の大多数の人々は冷戦終結後の世界における民主主義の拡大と、グローバリズムの深化を自明のことと認識し、自らが理想とする国際秩序を創り出すことができるというユートピアニズムへと繋がっていく。
ロシアについて言えば、唯一ゴルバチョフだけが、西側の考え方に心理的な敵対心や、排外主義的な感情を持たなかった例外的な指導者であり、そのことが後に「裏切り者」と国内で繰り返し批判されることになる原因になった。
ロシアでは東欧諸国がNATOに組み入れられていくのを、敗北主義的な感情として受け取り、「憎悪と怨恨」の感情を鬱積させていった。そのような風潮から、ロシア国内で西側諸国との連携を模索する政治家の存在が失われていく。
アメリカおよび西側諸国とロシアの関係は、同じコインの表と裏の関係であった。
そして米ロ両者の関係に決定的に亀裂が生じるのは、1995年にプーチン大統領が登場してからである。
ロシアについて言えば、唯一ゴルバチョフだけが、西側の考え方に心理的な敵対心や、排外主義的な感情を持たなかった例外的な指導者であり、そのことが後に「裏切り者」と国内で繰り返し批判されることになる原因になった。
ロシアでは東欧諸国がNATOに組み入れられていくのを、敗北主義的な感情として受け取り、「憎悪と怨恨」の感情を鬱積させていった。そのような風潮から、ロシア国内で西側諸国との連携を模索する政治家の存在が失われていく。
アメリカおよび西側諸国とロシアの関係は、同じコインの表と裏の関係であった。
そして米ロ両者の関係に決定的に亀裂が生じるのは、1995年にプーチン大統領が登場してからである。
2003年の米英のイラク攻撃は、自らの意に沿わない政権を「レジーム・チェンジ(体制転換)」するアメリカの傲りが明確に浮かび上がっていた。国際法上の疑義が残る中で、従来とは違ったロシアへの事前調整を経ないアメリカの強引な対外行動が、更にプーチンの疑念や不満を鬱積させていった。一方アメリカも権威主義化していくプーチン体制に警戒感を強めるようになる。
2004年にバルト3国、ブルガリア、スロバキア、スロベニア、ルーマニア、の七か国がNATOに加盟する。更に旧ソ連邦の主要構成国のウクライナまでがオレンジ革命を経て、NATOへの加盟を目指すようになる。
これによって、アメリカの勢力圏が、自国の足元まで到達したとプーチンはとらえ、ロシアの国家安全保障上の危機と認識するようになり、逆に2014年ロシアのクリミア強制併合、ウクライナ東部への侵攻へと繋がっていく。
それに対して、欧米、特にオバマ政権はロシアに対して強硬姿勢をとることはなかった。というのも世界金融危機が始まった2008年以降欧米ともに国内経済の再建が最優先課題となり、対外軍事関与を縮小し、国防費を削減することが重要な政治課題となっていた。対中国やインド等の新興国との関係を強化することが自国の経済成長にとって重要な意味を持つようになっていた。
また、対ロ関係改善を求めるトランプが2017年大統領になり、NATOへの批判を強めたことにより、西側諸国の結束は弱まっていった。そのような融和的な態度が2022年のロシアによるウクライナへの本格的な軍事進攻へと繋がっていく。
ロシアのウクライナ侵攻によって、それまでロシアに対して宥和的な態度を取っていた欧州各国はロシアとの対決姿勢を強めるに至ったが、その後皮肉にも、アメリカが再び第2次トランプ政権に変わるや、それまでのアメリカ政府の立場とは対照的に、自国の利益を優先してロシアに対して宥和的な態度を取り始めた。そのことが、プーチン大統領の強硬な姿勢を後押しする結果になってしまった。
それまでのユートピアニズムの破綻が、世界をパワーポリティクスと大国主義が基調のリアリズムの時代へ大きく転換した。
最後に著者は言う。
「21世紀の現在に、むき出しのリアリズムによって『勢力圏』を確立し、近隣諸国を武力によって抑圧するロシアや中国、そしてトランプ政権のような19世紀的な帝国主義の論理を、21世紀を生きるわれわれは自明のものとして受け入れるべきではない。まだわれわれは、『危機の三十年』の後にくる時代を知らない。かつてカーが提唱したように、ユートピア主義とリアリズムを相互に補完的に融合させることで安定的な新秩序を得られるであろうか・・・『危機の二十年』というカーの古典から学べる教訓は、21世紀となった現在において、より一層大きくなっている」
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